「なに?」
一樹を見ると、ティファニーの紙袋を差し出して固まっている。
「あの、これ…プレゼントです」
「え?」
紙袋には、前回のデートで「すっごいかわいい」と見とれていたネックレスが入っていた。
「あの…これからも、たくさんデートしてくれますか。できれば、恋人として」
おどおどした告白だったが、まあ、悪くはない。
「はい。ぜひ」
刺激は皆無だが、真面目で落ち着いていて、お金がある男だ。結婚には優良物件に思える。
― 浮気とは無縁そうだし。この人こそ、私にふさわしいオトコなのかもしれない!
気分が高揚した穂波は、結婚へ向けてアクセルを全開にすることにした。
もともと一樹に結婚願望があるなら、とにかく彼のタイプの女性を演じればいいだけだ。
「ねえ。理想の結婚相手ってどんな人?」
「うーん。とにかく支えてくれる人かな」
― 支えてくれる人か。簡単ね。
料理を作りに行ったり、マッサージをしてあげたり。
本当にささやかなことで、一樹は感激してくれた。
「いまどき、こんなに献身的な女性に出会えるとは思っていなかったよ。それに、穂波はすごく綺麗だし」
「私も、一樹みたいな人、理想的よ」
聞けば一樹は、親から受け継いだ不動産をいくつか持っていて、本業以外にも収入があるという。
さらに父親はメガバンク勤務で、しかも役員になったところらしい。家柄も申し分ない。
― 結婚相手として合格よ。こうなったら、思い切って言葉にするしかないよね。
「ねえ、一樹」
「ん?」
「私、あと1ヶ月で30歳になるの。昔から、30歳までには絶対結婚したいって思ってるんだけど…」
急な話に驚いた様子だったが、押しに弱い一樹は「そっか、わかった」と言った。
こうして29歳ギリギリで、念願のプロポーズにまで漕ぎつけたのだ。
― ああ、ハリー・ウィンストンの指輪が部屋にあるなんて!
穂波は帰宅後、夢見心地で指輪の写真を撮る。
『プロポーズされました』とのコメントとともにInstagramをアップすると、たくさんの人からお祝いのメッセージが届いた。
翌週の月曜、デザイン事務所に出勤すると「おめでとう!」とクラッカーを鳴らされる。
インスタを見た職場の仲間が、さっそく祝ってくれたのだ。
「インスタ見たよ!すごいね、スピード婚じゃん」
同僚であり親友でもある花苗が、みんなを代表して大きな花束を差し出してくれた。
「ええ!みなさん、ありがとうございます」
まさに、幸せの絶頂。
― そう。私の願うことはぜんぶ叶うのだ。
さすが私。自分の強運に感謝しながら、穂波は笑顔をふりまいた。
…たった2週間後に、両家顔合わせの場で、あんな思いをすることになるとは知らずに――。
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