マンスプ男 Vol.1

マンスプ男:「1年以上もご無沙汰だったのに…」ある夜、夫が豹変した驚きの理由

僕は、妻の稼ぎで暮らしてはいるが、収入ゼロではない。そもそも専業主夫でもない。

趣味が高じてイラストレーターとして開業届を出し、しっかりとした収入を得ている。投資も始めたし、実のところ稼ぎは商社に勤めていたときと遜色ない。

ただ妻の収入には到底届かない。実際の金額はわからないが、彼女が収めている税金から逆算すると年収3,000~4,000万円だろう。

妻は忙しい。だから家事を担当することで妻をサポートしている。だって、イラストレーターは家で仕事をするわけだし…それだけのこと。

才色兼備である香織は早稲田大学を卒業後、外資系コンサルティング会社に入り、新卒同期だった男性と付き合ったという。

交際から5年後。結婚を機に彼女は独立し、輸入ファッション雑貨を扱う会社を立ち上げた。

かつては商社で経営戦略部のエースとして将来を期待されていた僕の目から見ても、香織のビジネスセンスは類いまれだ。

彼女の立ち上げた会社はすぐに軌道に乗り、当時の夫の年収をあっという間に超えた。

―― 女は男より稼いではならない。

どうやら男たちの中には、そんな不文律があるらしい。

香織より稼ぎの低くなった前夫は、あからさまに気分を害し、毎日不機嫌な態度で嫌味を言ってくるようになった。

あるとき、香織は我慢の限界を超えた。

「私は、あなたの稼ぎが私より少ないことなんて、これっぽっちも気にしていないの。でも、年収=男の価値だと思ってるあなたってダサい」

夫婦関係は破綻し、香織は前夫と離婚した。


前夫との顛末を聞かされたのは2年前。場所は広尾の『ボッテガ』だ。

僕たちがこれから付き合うかどうかの瀬戸際のデート中、香織はクイズを出してきた。

「面白いのがさ、わたしの年収が夫の年収を上回ってるって知ったとき、彼はどんな行動を取ったと思う?」

「行動?んー。ヒントは?」

「“夜”に関すること」

この夜がどんな意味の夜か、香織の表情で理解した。あのときの彼女は頬が赤かったから酔っていたのだろう。

僕は考える間もなく、すぐに答えが閃いた。

「あ、無理やりベッドに押し倒したとか?」

「えっ…。すごい…正解!」

香織は心底驚いた表情をしていた。

聞けば、同じクイズを色んな人に出したそうだが、ヒントを「夜」とか「ベッド上のこと」とか伝えると、誰もが「レスになったのでは?」と答えたらしい。

「でも圭太くんの答えは、その真逆だった!なんでわかったの?」

妻が自分の年収を超えた途端、男は妻を“女”として見なくなり、レスになる――というのは、現実を認識していない人間の思考だ。

僕は男だから本能的にわかる。

男は、女性を所有し、屈服させたい。

たとえ自分の妻が自分の年収を超えようとも「こいつは俺のモノなんだ」と誇示したい。だから無理やりに押し倒した。

しかし、当時の香織はそれを拒絶した。

「1年以上レスだったのに急に押し倒すなんてねえ。レイプだよね?夫婦間でもレイプって成立するでしょ?」

ワイングラスを片手に、香織はあっけらかんと言った。

「結局、男なんてみんなマンスプしたがる生き物なのよ」

「マンスプ?」

「そう。マンスプレイニング。“man+explain”を合成した言葉で、manは『男』、explainは『説明する』でしょ? 男性は上から目線で女性に説明したがるっていう意味なの。

時代は令和なのに、なんだかんだ言って、男ってみんな女より上にいたいって思ってるのよ。 結婚してそれがよくわかった。というわけで、私、もう再婚はしない。自分を押し殺してまで夫を立てるなんて面倒くさすぎるから」

まだ密集してもよかったころのカウンター席で、鼻筋の通った彼女の横顔を見ながら、僕は恋に落ちた。

「僕は、そんなことないよ。君のこと心から尊敬しているし、活躍している君を応援したい」


僕たちが結婚するまでに、時間はかからなかった。

僕にとっては初婚で、香織にとっては再婚。

趣味のイラストを本業にしたかった僕は、妻の仕事と生活を最大限にサポートすることを申し出た。自ら望んで10年近く勤務した商社を退職した。

香織は、口癖のように告げる言葉がある。

「圭太くんは、私を最大限輝かせてくれる存在」

“別荘”代わりに頻繁に訪れる、夫婦お気に入りの南総のラグジュアリーな温泉宿に泊まると、必ず言う。

シャンパンを飲み、客室バルコニーの露天風呂につかり、東京湾と三浦半島の先に見える富士山を見ながらささやくのだ。

そういう言葉で僕をたたえてくれる妻を誇りに思うし、かくいう僕自身も、妻に褒められる自分が好きだし幸せだ。

苗字、家計、住む場所、住宅ローン、生命保険、そして子ども…。結婚にまつわる、ありとあらゆる“選択肢”を話し合って決めた。ほとんど妻の意見を尊重した。

もちろん、僕は男だ。

僕の中の“男”が、そこらを歩く男たちと同じように「お前、男だろ?それでいいのか?」と問いかけてくることもある。

でも、僕ははっきりと答える。

「それでいい。だって香織を愛しているから。僕は幸せなんだ」

香織に恋した瞬間から今に至るまで、ずっと声を大にして、そう言えた。そう信じていた。

……しかしある日、僕の“幸せの価値観”が揺らぐことになる。

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