モラトリアムの女たち Vol.1

モラトリアムの女たち:家事に協力的な夫と、かわいい娘。それでも女が満たされないワケ

メッセージは同じマンションに住む高田華子からだった。華子とは地域の赤ちゃん交流会で知り合ったいわゆる“ママ友”だ。

同じ月齢の女の子の親で、年齢は未希の3つ上。

さらに、未希が通院していた不妊治療クリニックに彼女も通っていたようで、共通点が多く話が弾んだのだ。

『ぜひぜひ行きましょ♪今のところ、幼児教室のある月曜以外はいつでも大丈夫です!』

未希は、出産前には一切使っていなかった絵文字や、彼女とやり取りするためにわざわざダウンロードしたスタンプでメッセージを彩り、そう返信した。

するとそのタイミングで、ふぎゃあ、ふぎゃあと咲月が泣き始める。

この泣き方はお腹が減ったのだろう、と感覚的にそう分かってしまう自分が誇らしい。

―穏やかな毎日、幸せだなあ。

授乳をしながら、窓の外に遠く見えるオフィスビルのタワー群を眺め、その中で働くかつての自分のような人々に思いを馳せる。

―本当に、幸せなんだから。

未希は繰り返す。まるで自分に言い聞かせるかのように。



「高田さんって、あの、カメラマンの高田明久さんの奥さん?」

夜、華子に誘われたことを、会社から帰ってきた慎吾に報告すると、驚いたように答えた。

「そう。赤ちゃん交流会で知り合って、仲良くしてもらってるの」

華子の夫は、テレビCMにも出演したことがある有名カメラマンである。目鼻立ちが整っていてモデル並みの美男である彼は、マンション内でもちょっとした有名人なのだ。

「でも未希、前に公園でたむろする人たち見ながら、『ママ友とか苦手かも』って言ってたよね」

「子どもを産んだら別よ。情報交換もできるし意外と楽しいの」

慎吾の顔が少々不満げになっていることに未希は気付く。すると聞こえるか聞こえないかの微妙な声で、慎吾がつぶやいた。

「…ま、ほどほどに。仲良くするのは奥さんだけにしておいてよ」

かなり小さな声だったが、未希の耳にはハッキリとそう聞こえた。

「なにー、嫉妬?」

未希は慎吾の顔を覗き込み、ニヤニヤと笑いながらからかう。

「そうだよ!!」

慎吾はお返しとばかりに未希の頬を両手でつねる。「痛いー」とお互い大声で笑い合うと、ベッドルームから咲月の泣き声が聞こえてきた。

「いいよ、そのまま寝てきな。洗い物も僕がしておくから」

ニッコリと笑う慎吾の優しさに、未希は今日も甘えることにした。

「じゃあ洗濯もお願い」

「オッケー」

慎吾は子供が生まれてからというもの、以前にも増して優しくなっている。

不安定になりがちな産後と言えど、慎吾の存在のお陰で未希も心穏やかに過ごせていると言っても過言ではなかった。

おしゃれなママ友・華子


それから3日後のこと。未希は、華子と出かけることになった。

銀座で子ども服を見た後、少し散歩をしてから丸の内の『ローズベーカリー』に入る。


昼下がりの穏やかな雰囲気が店内に流れており、子連れでものんびりできそうで未希も安心した。

場所柄、ビジネスマンやOLが遅めのランチをとっている姿もある。

彼らを横目に見ながら、子供をあやしつつママ友と食事をする自分。それはいまだに、くすぐったいような不思議な感覚がある。 ......


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