ー私の仕事、応援してくれてたんじゃなかったんだ…。
予想外の純の言葉に、ついさっきまで感動で目に溜まっていたはずの涙が一滴、意味を変えて、ポトリと落ちた。
「純、私は今の仕事が好きで、これから沢山やってみたいこともあるってこと、一番近くでずっと見てて知ってるでしょ?違ったの?」
杏里の声が大きくなる。同時に、更に涙も溢れてくる。
隣のテーブルに座っていた女性二人が、驚いた顔をしてこちらを見て、何やらヒソヒソと話し始める。純は杏里にティッシュを差し出しながら、少し呆れた顔で言った。
「…ごめん、杏里の言ってること、俺には理解できないわ。ちょっと冷静になって考えるから、杏里もそうしてくれ」
微妙な空気で会計を済ませ、1人でタクシーに乗り込む純の背中を見ながら、杏里の頭は混乱していた。
ハイスペックなポテンシャルを秘めた彼といずれ一緒になることを夢見て、これまで頑張ってきたはずだった。
しかし、いざ純から待ち望んだ言葉を言われ、そして同時に“条件”を伝えられたとき、ハッと気がついたのだ。
杏里自身の中に、ある捨てきれない思いが生まれていたことに。それは、自分のキャリアもステップアップして、生涯誇れる一つの軸を築いていきたいという願いだ。
そんな本心を、この期に及んでようやく自覚したのだった。
純が背負っているものの重さもわかっていたし、だからこそ彼を選んだ。それにも関わらず、自分が黙って頷けないことがもどかしい。
さらに言えば、やっと充実し出した仕事を、純に真っ向から否定されたことはショックだった。
様々な思いと感情が入り混じながら、帰り道、涙は止まらなかった。
純が杏里の誕生日を祝ってくれた日から1週間。純とのLINEや電話は、パッタリと途絶えている。
―私、どうすればいいんだろう。
杏里は思い立って、親友の莉奈に相談があると連絡をした。
莉奈は学生時代サッカーサークルで一緒に過ごした一番の女友達で、先日学生時代から付き合っていた彼と入籍したばかりだ。
平日の昼間、『GARB Tokyo』でランチをしながら、純との一部始終を彼女に伝えた。
昔からサバサバしている姉御肌の莉奈は、きっぱりと言った。
「なんで今更、杏里がそんなに悩んでいるか私にはさっぱりわからない。最初からわかっていたことでしょ?杏里の人生のことなんだから、自分でしっかり考えな」
莉奈が放った厳しい言葉に、ハッとする。
ー私の、人生のこと…。
考えていたようで、考えていなかったこと。
純と一緒にいたいと思う感情に嘘はない。普通なら喜んで、純についていくのかもしれない。
だけど不意に、彼から言われた言葉の数々が頭をよぎった。
ーこれは一宮家の決まりなんだ。
ーなんで女なのにそんなに仕事を頑張るのか、わからない。
結婚してしまえば、杏里自身の価値がなくなるような人生になるかもしれない。そう考えると、不安がどっと押し寄せる。
ランチを終え、悶々としたままオフィスに戻った杏里は、ある決意をした。
▶Next:3月27日 金曜更新予定
夢だったはずの御曹司との結婚。26歳・杏里がたどり着いた答えとは?
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この記事へのコメント
玉の輿婚に乗る作戦を練っていたのに、仕事を辞めて家で「嫁」をすることになるとは考えなかったのかなぁ。
それにしても先祖代々続く家業って、なんだろう? 気になる笑
そのスペック含めて狙い定めたんだし、矛盾してるような気がするけど、まあ人生そんなもんかな。実際仕事してみて楽しい時期なんだろうね~。純の「女が頑張って仕事する理由がわからない」はちょっと女を下に見てる感あるからやめといた方がいいかもね。
にしても、こんな古風なの、自分ならやだ😅女「なのに」仕事を頑張る、「女が仕事を続けるなんてありえない」...何この論理😥