2018.08.02
煮沸 Vol.1ー 東京都港区、会社役員、橋上恵一容疑者(41)を業務上横領容疑で逮捕
自分の名前が載ったネットニュースを、六本木のレジデンス37階で他人事のように眺める。
仕事を懸命にこなし、家族を思い、夢を追いかけ…
そして私は破滅した。
ーいつから間違ってしまったんだろう…?
誰か、教えてほしい。私はいつから狂ったのかを。
収監も間近に迫ったころ、教育心理学者の飯島をマンションに呼んだ。
会社で産学連携をした際に知り合った大学の准教授だ。
この部屋の豪華なホームパーティーに参加した連中は、一切の連絡に反応をしなくなったが、彼は予想通りに来た。
学者は余計な心情が介在しないので楽だ。むしろ私など、よいケーススタディなのだろう。
“これからのたくさんの時間を使って、事件を起こすに至った、自分の人格を理解したい”
趣旨と報酬を告げると、汚れたシルバーフレームの眼鏡に手をあてて、彼は言った。
「では、人生の一番はじめから記憶を遡って、特に印象に残っている出来事を思いつくままに書いて、私に送ってください。一瞬のシーンでも構いません」
「それで?」
「分析をします」
◆記憶①:1982年12月25日 クリスマス
「メリークリスマス」
床から見上げる食卓の上で、父と母、そして兄の声だけが聞こえる。
「恵一は、隣にお布団敷いてあげるから」
病弱だった私は、楽しみにしていたクリスマスの前日に高熱を出した。
家族と一緒にクリスマスのお祝いができない悲しさで、私の頬を涙が伝う。
「大輔、ゲームウォッチはやめなさい」
厳格な父の声が床まで響く。
テーブルにはどんな食事が並んでいるんだろう?
少年ジャンプに載っていた、超人たちの楽し気なクリスマスパーティーと違い、我が家のクリスマスはいたって静かだ。
ー僕が風邪をひいちゃったからだ… だからみんな悲しくなってるんだ…
ごめんなさい、ごめんなさい。風邪をひいちゃってごめんなさい。
そう何度もつぶやきながら、とめどなく涙が溢れる。
母親が細かく割いたクリスマスチキンを枕元に置いてくれた。食べたいが、体がダルくて動かない。
5歳のクリスマス。床から見あげる、食卓のケンタッキーの赤い箱。
これが、私が覚えている人生で最初のカラフルな思い出だ。
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