2019.09.01
マルサンの男 Vol.1ランチを終えると、南美と数也は、数也の自宅に帰った。広尾の日赤通りに面した低層マンションの最上階だ。
ランチをたらふく食べてしまったせいで、夜はハムとチーズにワインをあわせて軽く済ませ、海外ドラマを何本か見た。
しかしストーリーが入ってこない。
頭の中は「ほのか」でいっぱいだった。
南美は知っていた。それは、数也の元妻の名前だ。
付き合い始めのころ、数也の家に元妻宛てのネイルサロンからのDMが転送されてきたのを、偶然チラっと見たことがある。
そのため「福原ほのか」という名前だと分かっていた。以来、忘れたくても忘れられない名前だ。
―福原ほのか、か。
数也の過去の離婚歴は気にならないと思っていたし、意識しないと決めていた。むしろ2回の失敗が、今の完璧な彼を作り上げていると考えていた。
しかし、いざ数也との結婚が現実的になると「福原ほのか」の名前が頭から離れない。
―前の奥さんはどんな人だったんだろう?
数也がシャワーを浴びに行くと、南美はほぼ反射的にSNSで「福原ほのか」を検索していた。
迷ったら…。例のモットーが恋愛面において不利益をもたらすことは、身に染みて分かっていたはずだった。しかし、そうせずにはいられない。
入力した名前は、すぐにヒットした。
今まで無意識にフタをしてきた現実が、そこにある。
検索の最上位に出てきたのは、福原ほのかをインタビューした記事だ。
記事によれば、彼女は3年前にマレーシアのクアラルンプールに移住し、富裕層向けのインテリア市場が賑わう当地で、輸入雑貨の会社を経営しているという。
20才のころはモデルとして活動していた福原ほのかは、インスタグラムのフォロワー数も40万人に迫るなど、東南アジアを中心にインフルエンサーとして活躍中だった。
前妻が元モデルの経営者であることは、数也からそれとなく聞いていたので知っている。
仕事では旧姓を使っているため、DMも旧姓で送られてくるのだと理解した。
だが、これほど明確に情報を把握したのは、今この瞬間が初めて。
そのインタビュー記事は、ハイセンスな注目のキャリアウーマンを特集する連載で、いつか南美もインタビューを受けたいと憧れていた。
勝ち負け…では、ない。仕事のキャリアも、数也との結婚も、福原ほのかが「先」なだけ。
福原ほのかが勝ったわけではない。
しかし、なぜだか…。
南美は、福原ほのかのインスタグラムをチェックする。
最新ポストを撮影したのは、おそらく彼女の自宅なのだろう。
モノトーンのシックなインテリアに、グリーンの小物と観葉植物をポイントカラーとして配した室内は、センスの良さを十二分にうかがわせた。
窓からはクアラルンプールの鮮やかな陽光が差し込み、ソファでくつろぐ福原ほのかの顔の半分を照らしている。
そのままインテリアブランドの宣伝写真になりそうなクオリティだ。
写真に添えられたテキストには、こう綴られていた。
『I am going to see someone special next week. It's been a long time since we met last time.』
簡単な英語だ。南美は当然すぐに理解する。
そして途端に胸騒ぎがした。
『来週、私は、特別な人と、会う予定だ。私たちが会うのは、久しぶりだー。』
そのときドアが開く音がして、振り返ると、数也がシャワーから出てきた。
南美はすぐに、福原ほのかのインスタグラムや検索画面を閉じ、適当なサイトにアクセスする。
「ドラマの続き、見る?」
南美の問いに、数也は答えない。
だが、代わりにこう言った。
「そういや急だけど来週さ、クアラルンプールに出張することになったよ」
南美の心臓が、ドクンと跳ねた。朝とは違い、嫌なほうに。
▶Next:9月8日 日曜更新予定
カレの元妻の「現在」を知った南美が取った行動とは…!?
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
男の行動は女よりのんびりしているけれど、そのうち自分から話してくれたり行動してくれたりするもの。女の先走りは悪い結果を引き寄せる。
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