2019.09.01
マルサンの男 Vol.1南美にはモットーがある。
「迷ったら走れ」。
別に陸上部だったわけではない。高校時代の南美は帰宅部同然の茶道部だったし、運動は苦手だ。
そもそも、「ヒールを履くなら高さ9.5センチ以上」と決めているのだ。ハイヒールで走ればたいがい足をくじくし、最悪、捻挫する。
歩けなくなれば、来週に迫った展示会に穴を開けてしまう。
PRとして転職して2年。ブランドの顔としてそれだけは避けたいから、実際には走らない。
迷ったら走れ、というのは、あくまで比喩だ。やるかやらないか迷ったら、やる方を選ぶのが南美の人生なのだ。
これは、仕事面においては大変有効だった。
新卒で入社したアパレルメーカーからキャリアをスタートし、2年前から念願だったハイブランドのPRとして働いている。
迷ったら行動を起こすことでキャリアを切り開いてきた。
しかし、こと恋愛面に関しては悪影響だった。
恋人の行動が心配になれば、すぐに彼のSNSをチェックする。浮気を疑えば、ベッドで寝ている彼の枕元のスマホを手に取った。
ダメだと分かっていてもやってしまい、それがバレて、次々にフラれてきた。
迷ったら南美は走る。…でも男は逃げる。
永遠の空回りだ。
だが、一生続くのかと恐れた悪循環も、数也と出会って終わった。
6歳年上の数也とは、転職直後に付き合い始め、そろそろ交際期間も2年に迫ろうとしている。
付き合っても、すぐに男に逃げられてきた南美にとって「ちゃんとしたカレ」は人生で二人目だ。
外資系自動車メーカーに勤める数也は、理想の相手だった。ルックスも収入も申し分ないが、特に内面が素晴らしい。
誰に対しても穏やかで、とりわけ南美には優しく、滅多に怒ることもなかった。
この2年間、喧嘩らしい喧嘩は一度もしたことがない。
女性が喜ぶツボのようなものを抑えているし、家事全般を難なく一人でこなす。
美味しいゴハン屋さんをたくさん知っているのに、ネットの一夜漬けで覚えた南美の手料理を褒めちぎってくれる。
それでいて「小さい頃からずっと車が好きだから今の仕事についた」と発言する、少年のような可愛げも残していた。
要するに、完璧な男だ。
唯一の気がかりな点が、2回の離婚歴だった。
南美もはじめは戸惑ったし、親しい友人からも、数也がバツ2であることを心配されてとやかく言われたものだ。
でも、彼の人柄の素晴らしさを確信していくにつれ、気にするのはやめようと思えるようになった。
数也は35才とまだまだ若いし、2度の結婚において子供もいない。
今の時代、離婚は決して珍しいことじゃない。それどころか、2度の失敗が、数也を男として成長させたはず。
ならば2度の離婚には感謝こそすれ、気を揉むことではないのだ。
ー「バツがつく」なんて言い方が、そもそもネガティブすぎるから嫌だわ。バツ2じゃなくて、むしろマル3と呼んでもいいくらいだよね。
自分と3度目の結婚に踏み出そうとしてくれている数也のことを想い、南美はそんな風に考えるのだった。
男の行動は女よりのんびりしているけれど、そのうち自分から話してくれたり行動してくれたりするもの。女の先走りは悪い結果を引き寄せる。
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