南美と数也は休日のモーニングをコーヒーだけで済ませ、友達と別れ、店を出た。
クロックムッシュをオーダーしなかったのは、1時間後には南青山の『アクアパッツァ』でパスタを堪能するからだ。
「でもウチの親父は、朝ご飯しっかり食べてきそうだなぁ」
手を繋いで歩き出すと、数也が言った。
数也の父・昭一は、仕事をリタイアしたことを機に夫婦でハワイへ移住し、悠々自適の生活をしている。
そして今回、かつての仕事の事情で、ひとりで東京に来ているらしい。良い機会だからと、数也はランチをセッティングしていた。
結婚の約束もしないまま数也の親と会うことに、南美は少し混乱していた。
しかし、ついさっき、友達との会話を立ち聞きして確信した。
いよいよ結婚するのだ、と。
数也と顔がそっくりな昭一との初対面で、その確信はさらに深まった。
昭一は南美のことを「我が家の未来のお嫁さん」として扱ってくれた。
「結婚式はハワイにしなさい。こっちで全部手配するから」
「えっ…えーっと…」
「やめろよ親父。南美が困ってるだろ」
「はっはっは」
上機嫌な昭一は、健康的に日焼けした顔に笑みを絶やさぬまま、パスタソースまで綺麗にたいらげ、ワインもしこたま飲んでいた。
口の中いっぱいに美味しそうに頬張る姿は、息子とそっくりだ。
南美は、愛する人の父を、本当の父のように愛せる気がした。
「そんな酔っ払って仕事の人と会えるの?」
店を出た後、数也は心配そうに昭一へ問いかけた。
昭一は、大丈夫大丈夫、と答えてから南美の手を握った。
「今後とも息子をよろしく。頼んだよ。"ほのかさん"」
「……えっ」
「おいっ。なに言ってんだよ…!彼女の名前は南美」
「ん?」
昭一は心地よさそうに酔っていて、軽率なミスに気づいていない。
一方の数也は、きちんと南美に頭を下げた。
「ごめん。気分を悪くしたよね。親父には酔いが覚めたら説教しとくから」
「いいよ。大丈夫。これぐらい気にしない」
「本当に、ごめん」
二人のやり取りを見ていた昭一は、やっと言い間違いに気づいたらしく、青ざめた顔で「南美さん、申し訳ない」と呟いた。
数也も「親父に飲ませすぎた」とうつむいている。
父と息子はシュンとする姿までそっくりなものだから、南美は笑った。
「二人とも大丈夫です。本当に気にしてないので」
南美が笑ったからか、数也と昭一は安堵したように顔を見合わせ、場が和む。
―こういうことも、たまには、起こる。
南美は自分にそう言い聞かせた。
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男の行動は女よりのんびりしているけれど、そのうち自分から話してくれたり行動してくれたりするもの。女の先走りは悪い結果を引き寄せる。