デスパレートな2人 Vol.1

デスパレートな2人:「3回のデート無駄じゃない?」憧れのやり手営業マンとの幸せな恋に、忍び寄る暗雲

「…ちょっと、急じゃないですか?」

もちろん、嬉しくないわけがない。だがさすがに、早すぎるのではないだろうか。そう思うと、返事を躊躇われる。

声が震えぬよう、瞬きが早くならないよう、結衣は努めて冷静に切り返したのだった。

結衣が躊躇しているのが分かると、健はさらにこう畳みかけた。

「だってさ、最終的に付き合うのに、3回のデートって必要?俺は吉田さんの仕事ぶりを知っているし、前からずーーーっといいな、って思ってたんだけどな…」

少々強引だが、かなりのやり手営業マンと言われる彼らしい言葉である。だが、まだ「早すぎるのではないか」という思いが拭えない。

しかし、次の瞬間。

「吉田さん…」

健の腕の中に、結衣はすっぽりくるまれたのだった。

「…ね?付き合おう?」

結衣の中で、甘やかな感情が大きく振れる。こんな気持ちは、いつぶりだろう。結衣は健の腕の中で、こくりとうなずいた。

「よかった……」

健は、グッと腕に力を込めた。その腕の強さから、彼の喜びが伝わってくる。

しかし結衣がその腕に身を委ねようとした、その瞬間。健から思いもよらない言葉が発せられたのだ。

「もう少し一緒にいたいんだけど、実は今日、どうしても営業部の飲み会に顔を出さなくちゃいけなくて……。またあとで、電話してもいいかな?」
「え……?」
「本当にごめんね」

そう言うと、健はタクシーを拾うため大通りに向かった。

―普通、付き合ってすぐに会社の飲み会に行く……!?

非常識とも思える健の行動に、結衣は困惑する。

健の所属する営業部は、創業者である会長の影響を未だに受けている組織で、彼はそこで一番の中心メンバーである。今日、下期の決起会をすると突然会長から連絡があったと言うのだ。

たしかに、その飲み会に行かなくてはならないという状況は、社内恋愛だからこそわかることでもある。また今後、仕事第一の結衣だって同じような状況に置かれるかもしれない。

タクシーを捕まえた健は「付き合ったことは社内では内緒ね。」と言い、結衣を一人タクシーに乗せた。


こちらに向かってずっと手を振る健を見つめながら、結衣はタクシーの窓越しの景色を眺めていた。

社内で秘密にすることは、もちろん問題ない。周りから冷やかされるのはもっての外、今進めている営業部へのコンプライアンスのテコ入れもあり、悪目立ちはしたくない。

それに、社内で健に想いを寄せる女性を何人も知っている。

だが…。

―付き合った実感、ないなぁ…。

微かな寂しさが、結衣の心を襲う。

そんな気持ちを追い払うように、結衣はスマホで社内メールを確認する。するとその中に、とあるカレンダーの設定通知が混じっていた。

『株主総会 運営顔合わせ』

少し前にキックオフMTGをしたのに…と不思議に思いながら、結衣は招待メンバーを確認した。するとキックオフMTGにはいなかった上役が随分と増えている。


「今年、何か大きな発表でもあるのかしら…?」


この株主総会が2人の運命を大きく左右するとは、結衣はこのとき、夢にも思っていなかった。


▶NEXT:7月31日 火曜日更新予定
幸せな2人に音もなく忍び寄る、社内の魔の手。

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
この男が好きになれません…社内恋愛なのに強引な感じが信用できない。。
2018/07/24 05:5299+返信4件
No Name
なんだか、聞き慣れた社内用語(キックオフにMVP)に良くいる営業マンの性格で、社内恋愛の文化もうちっぽくてビビってる笑。
ライターさん、あまりうちの会社の内実暴露しないでね笑。
2018/07/24 05:3380返信4件
No Name
内緒ね、って…
社内恋愛だと、そう言いたくなる気持ちはわからないでもないけど。
でも、いざとなったら乗り換え・逃げ切り作戦に出るんじゃないかと、不安にしかならない。
初っ端から不安にしかならない恋は、やっぱり続かない。
2018/07/24 06:2345
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