良い男は売り切れという不都合な真実
奈々子は、大手町にある不動産会社の営業部で働く、総合職6年目。
営業部といっても、奈々子がいる部署は営業部のフォローが主な業務で、経理や総務などのオフィスワークが中心だ。
午前の業務を終えた奈々子は、総務部で働く同期の明日香とランチのため、『メゾンカイザーカフェ』に小走りで向かった。
(※こちらの店舗は、現在閉店しております。)
奈々子が、毎日の飲み会で増加気味の体重を気にしてサラダプレートをオーダーすると、明日香も「同じものお願いします」と言ってきた。
きっと同じ状況なのだろう。
毎日のように、タバコの匂いの充満する店内で会社のおじさんたちと油っこいものを食べる日々。身体や肌に良いわけがない。
「ねえ、奈々子。7年目の先輩の池原さん、関西に異動だって。で、異動を機に結婚するんだって」
「え!?営業部にいる8年目の牧田さんも名古屋に転勤になって、結婚するって言ってたよ」
「いよいよ私たちの代にも異動がくるね・・・」
奈々子の会社は、総合職は入社後8年目までに必ず地方転勤がある。したがって奈々子も明日香も、2年以内に異動になることは確実なのだ。
さらに明日香が、新たな情報を付け加えた。
「同期の相沢と木村も結婚するみたい。二人とも、奥さんは学生時代からの付き合いみたいよ」
相沢、木村といえば、同期の中では完全に出世コースに乗っている、現在営業部と人事部の二人だ。
奈々子と明日香は、すでに結婚している先輩や同期の名前を挙げ、なんとも恐ろしい、不都合な真実に気づいてしまった。
「ねえ、いわゆる出世コースの先輩や同期って、全員結婚してない!?」
確かに、結婚してない先輩や同期はというと、うだつが上がらなかったり、少々ワケありなメンバーばかりが思い浮かぶ。
奈々子と明日香は、唖然とした。
入社してから今まで、業務も飲み会も一生懸命やってきたつもりだが、気づけば28歳。
忙しい中でも、しっかり手堅く結婚している同期もいる中で、私たちは何をしていたのだろう。
毎晩、会社の人たちと飲んでカラオケに行って、土日は付き合いのゴルフ。そんな生活を続け、恋愛を後回しにしてきたツケが今、回ってきたらしい。
しかし現実を受け入れられないのか、明日香が強気にこう言ってきた。
「でもさ、私たちは結婚しなくても一人でやっていけるお給料があるじゃない?結婚しないと生活出来ない一般職とは違うし」
強気に言ってみたものの、自分たちを傷つけないための防護ということが伝わってきて、逆に痛々しかった。
デスクに戻った奈々子は、上司から渡された今期の目標シートを見ながら、 “彼氏をつくること”を、個人的な最重要課題に設定した。
「Sランク評価(の彼氏)、目指して頑張ります!」
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