青田買い、すればいいじゃない?
その夜。8年目の牧田の送別会で銀座の『涵梅舫』へ。
牧田の希望で選んだこのお店は、見た目も美しく、健康的な中華がいただける。目にも胃にも優しい料理で、女性受けも抜群だ。
コラーゲンたっぷりのフカヒレスープに舌鼓を打ちながら、牧田が担当していた思い出の案件や失敗談などを話していると、次期役員とも名高い安藤部長が遅れて入ってきた。
「豊洲のマンションの対応で遅れてしまった、失礼。牧田、名古屋でも期待してるぞ」
あらためて乾杯し、牧田の思い出話に花を咲かせていると、安藤部長がプレゼントを差し出した。
「お祝いが遅れて悪かった。結婚おめでとう。これでお前も一人前だな」
安藤部長は、牧田の結婚式でスピーチをするらしく、その打ち合わせも兼ねて先日、妻の美月と食事をしたそうだ。
「良い嫁さん見つけたなぁ。しっかり家を守ってくれる、まさに良妻賢母な雰囲気だったよ」
美月は、メガバンクの一般職。牧田とは大学時代のインカレサークルで出会ったという。牧田の転勤先の名古屋に付いて行くらしい。
「そんなことないですよ。尻に敷かれるんじゃないか、今から戦々恐々です」
牧田も頭を掻きながら嬉しそうにしている。
それから、会も終盤に差し掛かった頃。お酒が入った上司達が饒舌になってきたのを察した奈々子は警戒した。
−私の恋愛話になりませんように・・・。
だがその願いもむなしく、安藤部長が奈々子の方を向いて、お決まりの質問をしてきた。
「岡田さん、プライベートはどうなの?君もそろそろ、いい歳だろう」
セクハラやパワハラが叫ばれる昨今でも、総合職女子に対する風当たりは強く、こんな質問は日常茶飯事だ。
「今のところ、予定はないです・・・」
奈々子は乾いた声で答え、この会話を終了させたいオーラを全開にしたが、容赦無く次の質問が飛んできた。
「結婚願望はあるの?あと、子ども。やっぱりねえ、子どもを産むなら早いほうが良いと思うよ」
−飲み会で私の時間を奪っておいて、恋愛しろ、結婚しろ、子どもを産めなんて、何様のつもりなのよ。
「そうですね。そのうち・・・」
結局、女性活躍なんて口だけで、上司のほとんどが保守的なのだ。周りからも哀れみの目を向けられた奈々子は、ひどくみじめな気分になった。
すると、10年目の先輩の聡美が話を遮った。
「そろそろお開きの時間ですよ。牧田さんの抱負でも聞かせてもらおうかしら」
牧田がスピーチしている最中、奈々子は、聡美に向かって小さく会釈し、感謝を送った。
送別会が終わり、奈々子が改めて聡美にお礼を言うと、30分だけお茶しようと誘ってくれた。
近くのカフェに入り、ダージリンを口にすると、その温かさが体全体に染み渡っていくようだ。
「奈々子ちゃん、さっきは嫌な思いさせちゃったね。うちの会社、色々遅れてるのよねぇ。男性陣の考え方も古い、古い」
聡美の優しさに、奈々子は思わず涙腺が緩んだ。分かってくれる人がいる、それだけで救われる。
聡美は、総合職10年目だが、2年前に3歳年下の男と社内結婚した。確か、彼は財務部にいたはずだ。
そういえば奈々子は、聡美に結婚の話を聞いたことがない。この際思い切って聞いてみようと、質問してみた。
「聡美さんって、旦那さんと社内結婚でしたっけ?」
「ええ、そうよ」
「私、次の異動までには結婚したいんですけど、出会う機会もないし、どうしたら良いか・・・」
聡美は微笑みながら、こう答えた。
「奈々子ちゃんも感じてると思うけど、うちの会社、良い男性は30歳までには売り切れてるの」
今日の昼に明日香と話した通りだ。そうなんだよなぁと、奈々子が思っていると、聡美が想像もしていなかったことを口にした。
「青田買い、すればいいのよ」
「え・・・?青田買い、ですか?」
「奈々子ちゃん、あなた不動産会社で働いてるんでしょう?」
「はい・・・」
「今さら銀座の土地を買えると思う?すでに市場価値の高いものは、高くて当然だし、とてもじゃないけど手に入れられない。敵も多いしね。でもね、今は安くても今後上昇する可能性の高い土地を見極めて、開発して価値を上げる。これなら今からでも出来るでしょう?」
聡美の言葉に、奈々子は未来への明るい光を見た気がした。
▶NEXT:11月15日 水曜更新予定
聡美のアドバイスをもとに、奈々子が動きだす。ターゲットは、新卒の彼!
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
東京カレンダーが運営するレストラン予約サービス「グルカレ」でワンランク上の食体験を。
今、日本橋には話題のレストランの続々出店中。デートにおすすめのレストランはこちら!
日本橋デートにおすすめのレストラン
この記事へのコメント