2017.09.13
アモーレの反乱 Vol.1
利奈が「話があるから時間を作って欲しい」と言ってきたのは今朝、リビングで。
マンション内にあるジムでヨガのクラスを終えて、戻ってきたばかりの彼女の顔は高揚し、艶っぽく見えた。
「コーヒ、入れようか?今日は午後から現場に行けばいいから、今からでも話せるよ」
ここ1~2年で、すっかりオーガニック思考となった妻のために取り寄せた、新しい有機豆が届いてたな、とキッチンに歩きながら返事を待った。
「今じゃない方が…今夜のご都合は?できればおいしいものを食べながら話したいんです」
結婚して4年たった今も、僕に対する妻の言葉には時折敬語が混ざる。初々しさが抜けないそれを、僕は好ましく思ってきた。
幸い、今夜は仕事終わりが早い。いいよ、と答えると、彼女はほっとしたように笑って言った。
「できれば、個室を予約して欲しいの」
いつもより甘えた口調と、えくぼが浮かんだ笑顔に久々にドキッとしながら店に予約の電話を入れた。これがまさか人生を狂わせるディナーになるとは、その時の僕は想像さえしていなかった。
◆
西麻布のレストランに先に着いたのは僕で、5分程遅れて彼女も到着。
ネイビーのノースリーブのタイトミニワンピースがよく似合っている。彼女は、出会った頃より随分凛とし、美しくなった。僕との結婚生活が、妻を磨いたのかと思うと誇らしくさえある。
テーブルの上には、店からのシャンパーニュ2杯と、久々のデートだしな、と妻に用意した花束が静かに並んでいる。
花束には、結婚して以来自宅のフラワーアレンジを任せている華道家にお願いして、妻の好きなスズランを入れてもらった。
注文した電話で「この時期にスズランは難しいかもしれません」と言っていたのに用意するなんて流石だよな、と妻に種明かしをしたのが数分前。妻も微笑み、僕も笑った。数分前までそんなのんきな雰囲気だったはずだ。だが、今は…。
「今、離婚したい、って言ったのか?離婚って…」
「そう。離婚したいんです。あなたと。こんな話、カウンターでするのは嫌かなって思って。…でしょう?」
いたずらが見つかった子どものように、ペロッと舌を出しながらも淡々とした口調の妻は、僕の反応も、答えさえも、別にどうでもいいと言わんばかりに、そのままメニューに目を落とした。
「…もしかして、この前のヨーロッパ出張が長引いたから、拗ねてるのか?寂しかった?」
「あ、福岡県糸島の季節野菜と白身魚のポワレがおいしそう…」
「わかった。もう、長期の出張はなるべく入れないようにするから。だから機嫌直して、ふざけないでくれよ。な?利奈」
「ふざけてません。まじめに、本当に本気で言ってるの。お願いします。離婚してください」
笑顔の消えた、真っ直ぐな眼差し。妻は…こんな顔をしていただろうか?
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