「自分の中にある本当の可能性って?」。29歳、順風満帆に思えた人生の岐路に立った男を目覚めさせた、ある夜の物語。
覚悟がついた男は、そこからが強い
「本部長、先日のお話、受けさせていただきます。ご指導、よろしくお願いいたします!」
翌週、迷いのない顔で部門長就任の返答をする直人の姿がそこにあった。そして、勤務時間も終わるころに美香に連絡をいれた。
「今日さ、連れて行きたい店があるんだ」
金子さんのバーに、美香といっしょに入った。
「ステキな場所だね。こういうお店、直人よく来るんだ?」
「いや、実はこの前初めて来たんだよ」
「誰と飲んだの?」
美香が探りをいれる。
「自分と(笑)」
直人と美香の前には、金子さんの笑顔がある。
「さあ、どうしましょうか?」
「それじゃ、コニャックをベースに、あとは金子さんのお任せで」
金子さんと直人の目が合い、お互い微笑んだ。
「なにニヤニヤしてるの?」
美香が不思議そうにこちらを見る。
「お待たせしました」
差し出されたお酒は、いままで飲んだことのない味だった。それぞれの素材が感じられながらも絶妙にまとまっていて美味しい。
コニャックらしさを生かしながら、さまざまな素材を加えてひとつの新しいものを創り上げる金子さんの発想力に驚いた。
自分というひとつの素材に、これから仕事での新しいポジションや美香という存在が加わったら、どんなふうになれるのか。新しい自分の可能性に胸が熱くなっていた。
帰りがけに歩きながら美香に言った。
「ねえ、また俺と飲みに行くのつき合ってくれないかな?」
暫く無言が続くと、美香が尋ねてきた。
「ねえ、今日みたいなお店、いっぱい知ってるの?」
「いや、全然。この前フラっと入っただけだから」
「これからああいうお店に行きたいな」
「どうして?」
「だって、まだ直人と向き合って喋ると照れくさいもの。バーテンダーさん越しに話すと、会話が弾むから(笑)」
そうか、バーテンダーがいるからか。
人は、それぞれにバーに意味を見出している。直人には直人の、美香には美香の。
バーのあるライフスタイルはいいものだな。そんな気持ちで家に帰ってから、バーを紹介するとあるサイトを覗いた。
へぇ、このサイト、バーだけじゃなくて、バーテンダーもたくさん載っているんだ。
そこには、プロフェッショナルかつさまざまな「顔」を持つバーテンダーが10人紹介されていた。新たなサードプレイスを探すのも楽しそうだ。そして、そこに美香を連れていこう。
空気が暖かくなってきて、もうすぐ4月。新しいことを始めるのにぴったりの、美しい季節がやってくるのだから。