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  • 「自分の中にある本当の可能性って?」。29歳、順風満帆に思えた人生の岐路に立った男を目覚めさせた、ある夜の物語。

    つぎの注文をしようとオーダーを悩んでいると、金子さんが、「お酒、お好きなんですか? もしよかったら、私のおすすめのカクテルを飲んでみませんか?」と提案してくれた。

    あまりバーに行き慣れていない直人が自力で頼めるものといえば、ジントニックにラムコーク、ハイボール…。社会人8年目なのに、学生のころから飲んでいるものが同じじゃないか!

    「はい、おまかせします」

    出てきたカクテルは、『グラン・トニック』だった。ひと口飲んで、驚いた。ふくよかな味わいに、ほどよい酸味が加わって、すっきりとした後味でまたつぎのひと口が欲しくなる。

    「すごく美味しいですね!」
    金子さんは嬉しそうな表情をみせ、こう言った。

    「コニャックをトニックウォーターで割るなんて、普通は邪道だと思うかもしれません。でもこれが美味しいんですよ」

    その言葉を聞いて、もやもやしたものが晴れてきた感じがした。

    邪道どころか極上の味。『グラン・トニック』を飲んで、物事のあり方はひとつだけではない。これまでどおりの枠にはまった考え方をする必要なんてないんだと気づいた。

    と、同時に、直人は学生時代にサークルのイベントを盛り上げるためにホームページを開設したり、SNSを使って呼びかけたことを思い出した。

    思えば、久しぶりに自分と向き合う時間だ。仲間と飲むのと違い、“自分と飲んでいる”感覚。

    「金子さん、さっきのカクテルは何のお酒でつくられているんですか?」
    「コニャックとドライ・ベルモットとフレッシュレモン。それにトニックウォーターを加えるんです。コニャックの味が決め手ですね」

    直人は『グラン・トニック』を飲み干した。

    「そうなんですね。じゃあ、その材料のコニャックだけで美味しいやつをもらえますか?」

    そこで金子さんは『レミーマルタン』というコニャックをグラスに注ぐ。

    ―自分の可能性…。

    コニャックをそのまま飲むのは初めてだった。バニラやアプリコットを思わせる上品な香りに、シルクのようなまろやかな口あたりで余韻がたまらない。その余韻に酔いしれていると、ある考えが静かに沸き起こってきた……!

    学生のときは分からないなりにも、とにかくやってみた。もちろん新しいことを勉強する必要はあるけど、やればできるんじゃないか!

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