軽井沢の冬 Vol.11

近づくほどに見えなくて。すれ違う夫婦が一周回って辿り着いた、クリスマスの過ごし方

仕事でも恋愛でも、常に勝ち負けを意識し戦闘態勢を崩せない東京人たち。

人生の冬を迎え、心が渇いてしまったら、東京から1時間のオアシス・軽井沢で己を見つめ直すと良いかもしれない。

軽井沢で、東京人たちを出迎えもてなしてくれる女性がいる。美希、35歳。

これまで様々な東京人が美希の元で心の平穏を取り戻したが、美希自身に夫・誠司の浮気が発覚し、絶望する。冷え切った夫婦関係に耐えられない美希は、思わず元カレ・雄一に連絡をとるが、歯車はかみ合わない。

ある晩、夫婦2人で過ごす寝室に、テレビから流れてきた懐かしい曲。美希と誠司はそれぞれ何を思う…?


近づくほどに見えなくて。



Kissをしたり 抱き合ったり
多分それで良かった
あたりまえの 愛し方も
ずっと忘れていたね


所在なく、なんとなく点けていたテレビから懐かしい曲が流れてきた。ELTの「Time goes by」の歌詞の一部が、耳を通過する途中で誠司の頭に残った。

美希を最後に抱きしめたのは、いつだっただろう?と誠司はふと思い返す。ここ1か月、自分の浮気発覚が原因で夫婦関係は冷え切っている。

結婚して10年。毎日一緒に過ごすことが「生活」になると、手を繋ぐことも、ハグもキスも、抱き合って眠ることも。特別な価値を持たなくなってしまって久しい。

昨日食べた食事が思い出せないのと同じような感覚で、頭にも心にもインプットされないまま忘れ去り、なかったことになっていく。

人は本当に愚かな生き物だ。

刺激を、若さを、刹那の快楽を。失ったもの、手に入らないものをいつまでも追い求めてしまう。価値あるもののように錯覚してしまう。

しかし今、当たり前に存在していた基盤がぐらぐらと傾き始めると、言いようのない不安に襲われ何をしていても落ち着かない。

美希は、今、この曲を聞きながら何を思っているのだろう。

すぐそこで、誠司に背を向けたまま、ボディクリームを塗っている。いつもの香りが、今宵はなぜだろう、脳内で切ない余韻となった。

手を伸ばせば届く、美希の小さい背中を抱きしめたい衝動に駆られたが、許されない気がして、やめておいた。

【軽井沢の冬】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo