SPECIAL TALK Vol.125

~卒業して気付いた「まだまだ何でもできる」。元アイドルの肩書に縛られず、自由に挑戦を続けたい~

令和のニューリーダーたちに告ぐ


2005年に活動を開始し、メンバー交代を経て今なお続くAKB48。

母が黙って応募したことをきっかけにアイドルの道を歩むことになった松井咲子氏は、7期生としてメンバー入りを果たした。

それまで「ピアノしかしてこなかった」というほど音楽に打ち込んできた松井氏にとって、ダンスやアイドルらしい振る舞いはハードルが高かった。

それでも得意なピアノやトークを武器に、立ち位置を確立。ヒットを連発し、「AKB全盛期」と称される期間を経て、2015年にAKBを「卒業」した。

その後10年、マルチに活躍を続けてきた松井氏の活動を振り返りながら、ステージが切り替わっても活躍し続けるために何が必要なのかを掘り下げる。

松井咲子氏 1990年、埼玉県蕨市出身(蕨市PR大使)。元AKB48(在籍期間2008年~2015年8月)。東京音楽大学付属高等学校卒業後、東京音楽大学音楽学部音楽学科器楽専攻ピアノ科入学。休学・中退を経て、桐朋学園芸術短期大学芸術科音楽専攻に入学し、2017年卒業。4歳からピアノを始め、ピアノ関連のコンクールや大会に多数出場、入賞歴をもつ。フジテレビ『芸能界特技王決定戦 TEPPEN』のピアノ部門において第3回、第7回、第14回大会で優勝を飾る。テレビ、ラジオ、WEBメディア等に多数出演しながら、活動の幅を広げている。



金丸:本日は元AKB48で、現在はタレントやピアニストとしてマルチに活動されている松井咲子さんをお招きしました。お忙しい中、ありがとうございます。

松井:こちらこそお招きいただき光栄です。

金丸:今日の対談の舞台は港区高輪の『レストラン カリヨン』です。店名のカリヨンは古代ギリシャ語で、豊穣の象徴である「クルミ」を意味するそうですが、フランスの鍵盤楽器「Carillon」ともかけていて「共鳴」という意味だとか。フランスでの修業も経験されたシェフによる、故郷愛知県の食材を中心にしたフレンチをいただけます。

松井:空間も素敵だし、お料理もとても楽しみです。

金丸:松井さん、『東京カレンダー』はご存じでしたか?

松井:もちろん!普段、港区女子とは縁遠い生活をしているので、呼んでいただけて本当に嬉しいです。

金丸:それはよかった。松井さんというと、元AKBとして知られていますが、私が最初に知ったのは『芸能界特技王決定戦 TEPPEN』というテレビ番組でのピアノ演奏でした。

松井:あの番組、すごく緊張するんですよ。参加者のレベルは高いし、コンクールではミスタッチそのもので減点されることはほとんどないので、競技に参加しているような気分になります。

金丸:そうなんですね。私自身も細かなミスより観客を感動させるほうがよっぽど重要だと思います。それこそ松井さんが一生懸命弾いてる姿と、負けて悔しくて泣いているのを見て、私は感動しました。

松井:泣いたところまでご覧になっていたんですか。恥ずかしい。

金丸:昨年8月には、ハンドボールの日本代表「彗星JAPAN」と世界を代表するクラブチーム「パリ・サン=ジェルマン」との試合の前に、オープニングイベントとしてピアノを演奏していただきました。

松井:あの日の演奏は強く心に残っています。芸能界に16年いて、あんなに温かい現場は初めてだったので。自然と手拍子が始まって、優しい雰囲気に包まれて、弾きながらちょっと涙目になるくらいでした。

金丸:でもそれは、松井さんのパフォーマンスが素晴らしかったからだと思いますよ。実は私、アイドルに関してはまったくと言っていいほど知識がなくて。ゴマキがAKBだったと勘違いしていたくらいです。

松井:後藤真希さんは「モーニング娘。」ですね。アイドルの大先輩ですから、恐れ多いです。

金丸:元アイドルである松井さんが、その後、別の道でご活躍されているということで興味を持ちました。私は今、日本ハンドボール協会の会長を務めていることもあって、アスリートのセカンドキャリアについても考えています。今日は松井さんの生い立ちからAKB時代の話、そしてその後のキャリアを伺いながら、アイドルやアスリートといった、サラリーマンとは違う人生を送る人たちが、いかに第二の人生を充実させられるかということも考えたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

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