夏の恋 Vol.18

「家で飲み直そう」ずっと好きだった彼に誘われ、そのまま泊まった26歳女性。しかし、翌朝…

1週間後。

慎吾が指定してきたのは、桜丘町にある『高太郎』

他の人と行くつもりで1ヶ月前から予約していたが、その人の都合が悪くなったらしい。

私も数年前に一度訪れたことがある。

その時も食べたと思うのだが、讃岐メンチカツが絶品で、ビールと合わせると最高だった。


再開発が終わらない渋谷。新店も次々とオープンしていくなかで、美味しさが保証されている安心感は、私たちの食事にはぴったりだった。

「俺の家、この近くなんだけど。もう少し飲んで行かない?」

食事の後、慎吾は私をストレートに誘った。

「家で飲むの?」
「うん。ほら、いいから行こう!」

学生の頃は、渋谷で飲んだあと、酎ハイをコンビニで買って宅飲みするのが、私たちの定番だった。

慎吾は、今日もその感じで私を誘っているのだろうか。そうだとしても、感情が追いつかない。

でも、行かない理由も見当たらなかった。


「白ワイン飲む?これ、値段の割に結構美味しいみたいよ」

慎吾の部屋に入ると、リビング中央のソファに座るように促される。

エチケットにはブレッド&バターと書いてあって、慎吾はそれをグラスに雑に注いだ。

― そういえば、祐奈も白ワインにハマってるって言ってたなぁ…。

そんなことを思っていると、慎吾が横に座りグラスを私に手渡す。

「あのさ、俺ホントは知ってるんだ。美和が俺のこと…。ごめん。随分前に人から聞いて…」

― ひっ!

思いもよらぬ事実の発覚に、心拍数が上がる。

「そうだったんだ。あ、でも過去の話だから忘れて。気まずくなりたくないし。それに、こうやって会ってるのだって、アキラがけしかけてきたのもあるでしょ?」

体中から嫌な汗が出てくるのがわかる。

「違うよ。アキラに言われたからじゃない。美和のこと、いいなって思ったから誘ったんだよ」

「……そうなの?えっと、いつから?」

私は真顔で尋ねる。

「それはごめん。学生の頃からじゃなく、スクランブル交差点で偶然会った日。美和って可愛かったんだなぁっていうのと、昔の俺を知ってる人だから安心した」

「昔の慎吾を知ってる…か」

独り言のように呟いた次の瞬間、慎吾が私を抱き寄せた。

爽やかさの中に、ほろ苦さを感じる匂いがする。

「美和、今も俺のこと好きなの?」
「す、すきだよ」

そう言うしか選択肢はなかった。

私は慎吾が好き。サークルの中で中心人物で、みんなに好かれていて、行動力のあった慎吾が。

だから今の慎吾も好き。

私は、目を閉じて彼に身を任せた。


「あっついね。美和、水飲む?」
「ありがとう」

正直言うと、そこまでの感動はなかった。なるほど、こんなものか…というのがリアルな感想だ。

ずっと願っていた状況。そこに急に置かれたから、戸惑っているのだろう。

けれど、隣で寝息を立てているのは、間違いなく遠野慎吾で、私が4年間思い続けた男なのだ。

― 大丈夫。幸せ、幸せ。幸せ。これでよかった。

そう自分に言い聞かせ目を閉じると、慎吾のスマホが振動した。

そのバイブは鳴り止まない。

― 電話…ん?

私は、無意識のうちに通話ボタンをタップした。画面に『祐奈』と表示されていたからだ。

「なんでLINE返してくれないの?まだ怒ってる?ごめんってば。お願いだから、もう仲直りしようよ」

私は、慌てて通話を終了した。

― 祐奈…が慎吾と?えっ…!?

勝手に電話に出たことを後悔する暇もなく、ひたすらに混乱した。

心臓をバクバクさせたまま服を着て靴を履いたが、家を出る頃にはだいぶ冷静になれた。

「あぁ、だからあの時…」

4人で会った時の祐奈の言動を思い起こすと、慎吾と何かあったようにも受け取れる。

けれど不思議なことに、ふたりの関係を知りたいとは思わなかった。

私が好きだったのは、昔の慎吾。なのに、気づかないふりをしていたのだ。

それを認めると、胸の奥がすっと落ち着いた。

「あ、サクラステージ…」

タクシーを拾おうとしばらく歩くと、桜丘の新しい商業ビルが目に入る。

渋谷の街は、着実に変化…いや進化している。それなのに、私はどうだろう。

今を一生懸命に生きることより、美化された記憶を大事にしすぎたのではないだろうか。

私も前を向いて歩かなければ。

「今度、行ってみようっと」

真夜中の渋谷で、私は生ぬるい夜風に当たりながらつぶやいた。


▶前回:高級ホテルで1人過ごす夏休み。滞在最終日の朝、目を覚ますとそこは自分の部屋ではなく…

※公開4日後にプレミアム記事になります。

▶1話目はこちら:「東京オリンピックに一緒に行こう」と誓い合った男と女。7年越しの約束の行く末は?

▶Next:8月9日 金曜更新予定
川越の実家暮らしの女が登場…

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この記事へのコメント

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No Name
実は祐奈が彼女でしたというオチならひどくつまらない。4人で集まった時に特定の彼女居ないか聞いたのは何だったんだ?と思うし。 慎吾は不特定多数と遊びまくってそうだから祐奈もその中のひとりなだけか。
2024/08/02 05:4533返信1件
No Name
また違う種類のダンゴムシとチャラ男の話か。
2024/08/02 05:1926返信2件
No Name
祐奈が慎吾の彼女だったらひどいねー
2024/08/02 06:3818
もっと見る ( 17 件 )

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