「ごめんね。実は、誠一くんのことが新入生の頃から好きだった」
それは、告白とは思えないようなさらりとしたささやきだった。
「え、それってどういう…?」
誠一はすでに福岡で家業を継ぐことを決めており、そのことは咲も知っていた。
そして、克哉からの5度目の告白を咲は受け入れ、この春から、2人は付き合っていたのだ。
「勝手でごめん。この2年間の気持ちを無かったことにしたくなくて。誠一くんが東京を離れる前に、自分の中で幕を引きたかったの」
笑顔を作りながら目を伏せた咲のまつ毛が、小さく震えている。
「幕を引く、か」
誠一も、心のどこかで気がついていた。
この2年間のうちに育まれた、咲の自分に対する気持ち。
そして、無意識のうちに咲の姿を追ってしまう、自分自身の視線に。
しかし克哉の咲への強い気持ちを目の当たりにして、事実から目を背けた。
すべてを「東京での思い出」として昇華させて、東京を離れると決めていた。
「うん。好きだったのは過去の話だから、安心して。5度も気持ちを伝えてくれた、克哉との関係を大切にするって決めたから…。ただ、もう簡単には会えなくなる誠一くんに、最後に気持ちを伝えたかった」
照明は落とされて薄暗く、バタバタと片付けの進む会場の中、誠一はさりげなく咲の肩を抱いた。
そして、ゆっくりとこの数秒を噛み締めるようにして、片付けを進めるみんなのもとへと戻った。
この出来事によって、その後変わったことは何一つとしてない。
しかしこの一瞬の出来事が、東京でのキラキラと輝く日々の象徴となって、誠一の心に強く残っていた。
◆
OBライブは無事に終わり、夜には飛行機に乗る予定の誠一は、打ち上げの誘いを断ってひとりメトロに乗った。
せっかく東京に来たのだから、と向かった先は赤坂サカスだ。
克哉と咲と共に、何度も訪れたライブハウス・赤坂BLITZのある街──。
しかし赤坂に降り立ってみると、なんと赤坂BLITZはライブハウスとしての役目を終えて、テレビ収録スタジオになっていた。
行き場を失った誠一が赤坂サカスへ入ると、新しいテナントが増えて、心なしか道ゆく人の雰囲気も変わっている気がする。
― 3年で変わるなぁ、東京の街は…。土産でも買って帰るか。
足が自然と向かったのは、ライブ前に咲と克哉とチョコレートケーキを食べた『Tops』だ。誠一は歩き慣れたルートを懐かしみながら2階へと上がる。
しかし、あるはずの場所に『Tops』の看板はなく、賑やかそうに営業しているのは別のイタリアンの店だった。
「あれ?おかしいな。まさか…」
手元のスマホで検索をすると、検索結果のトップに「Tops 閉店」の文字が現れる。
― ここも閉店か…!
思い出に浸ろうと赤坂に来てみたものの、目にしたのは自分たちが過ごした街の面影ではなく、変わりゆく街の姿。
時代の流れを感じて残念に思いつつ、諦めきれない誠一が店内を覗くと、レジ横のショーケースにはなんと『Tops』のケーキが並んでいた。店の看板が変わっても、ケーキだけは販売を続けていたのだ。
「あった!」
やっとのことで東京の思い出に出会えたことに嬉しくなった誠一は、浮かれて一番大きなサイズのチョコレートケーキを土産に購入した。
これを渡す相手、つまり誠一が笑顔を見たいのは、福岡で待つ妻と娘だ。
― 大学時代の甘美な思い出に浸るのは、ここまでだ。
エスカレーターを降り、赤坂サカスを後にする。この街に来る機会も、もうないのかもしれない。
消えゆく思い出の地、変わりゆく東京に、寂しさと羨ましさを感じないといったら嘘になる。
しかし、いつまでも変わらないものもある。
変わらない幸せ、家族の待つ福岡へと帰ろう。
ポップな箱に包まれたチョコレートケーキを抱えて、箱を開きながらはしゃぐ妻と娘の笑顔を想像しながら、誠一は羽田空港へと向かった。
▶前回:帰国子女で外資系化粧品メーカーに勤める36歳女。日系企業に転職し直面した現実とは
▶1話目はこちら:バレンタイン当日、彼と音信不通に。翌日に驚愕のLINEが届き…
▶Next:4月9日 火曜更新予定
あっさり「サヨナラ」とは行かなくて…。旅立つ直前のGINZA SIXで、想いをぶつけあった咲と克哉の行く末は?
この記事へのコメント
内容以上に ん? と思う箇所が多過ぎて。
例えば、
“卒業ライブの終演後の片付けの最中” とかはもう少しプロっぽい表現に出来なかったのかな。