2024.03.26
今日、私たちはあの街で Vol.7麻布には麻布台ヒルズ。銀座には、GINZA SIX。六本木には、東京ミッドタウン…。
東京を彩る様々な街は、それぞれその街を象徴する場所がある。
洗練されたビルや流行の店、心癒やされる憩いの場から生み出される、街の魅力。
これは、そんな街に集う大人の男女のストーリー。
▶前回:無意識にオトコを勘違いさせてしまう28歳女。上司から届いた、妙な親密なLINEの文面とは
Vol.7 『小さく背中を押す言葉/東京ミッドタウン』美緒(36歳)
六本木に咲く桜の木々が、満開を迎えた4月初旬。
この時期の多くのオフィスがそうであるように、美緒の働く東京ミッドタウンのオフィスにもまた、新鮮でどこかウキウキとした空気が漂っていた。
「みなさん。今日から私たちチームの一員となった、デザイナーの咲さんです」
「美緒さん、ご紹介ありがとうございます。皆様はじめまして、七瀬咲と申します。頑張りますのでよろしくお願いします!」
「じゃあ、咲さん。オフィスを案内するのでついてきてね」
「はいっ」
白シャツに淡い色のジーンズ、スニーカーといったカジュアルな装いの美緒のあとを、紺色のセットアップにローファーパンプスを履いた咲が追う。
― ちょこちょこついてきちゃって、可愛いな。まだ24歳だなんて、私より一回りも下だもんね。
美緒の仕事は、WEBデザイナーだ。東京ミッドタウンに本社を構える大手スポーツブランドで、今年控えている会員アプリの大規模リニューアルのプロジェクトリーダーとして準備をしていた。
チーム拡大のために、小さなデザイン事務所から業務委託の形で迎え入れたのは、デザイナー2年目の咲だ。
「咲さんは、クライアントにつくのは初めてなんだよね」
「はい、駆け出しの身分で美緒さんと一緒に働けるなんて…本当に光栄です」
帰国子女の美緒はアメリカの美術大学を卒業後、世界最大手の化粧品メーカーに就職し、数年の下積みを経てパリの本社配属となってからは初のアジア人WEBデザイナーとして注目を浴びた。
アジア市場でのマーケット拡大に一定の成果をあげた後、美緒が今の会社からのヘッドハンティングで凱旋帰国してから、2年の月日が経つ。
華やかな経歴とキャリア女性のロールモデルとしての存在感から、美緒の存在は最近少しずつメディアにも取り上げられ始め、界隈で注目を集めているのだった。
フランス在住時代は多国籍からなるチームメンバーと協業したり、出張で世界中を駆け巡ったりと刺激的な日々を送っていた美緒が、日系企業からのスカウトに応じて帰国を決めた理由は1つ。
美緒が学生時代から「世界を股にかける日本人デザイナー」として、尊敬と憧れの念で活動を追っていた“ジョージ・ミヤサカ”――宮坂譲司が、この日系ブランドのクリエイティブディレクターを務めていたからだ。
しかし依然として宮坂譲司は、美緒にとって雲の上の存在だった。
ドイツ在住の譲司が日本の本社に来る機会は少なく、今までに接点があったのは数回の電話会議のみ。直接顔を合わせたことはまだない。
憧れのデザイナーである譲司と仕事をしたいと願っていた美緒は、今回、アプリリニューアルという譲司直下のプロジェクトへの着任に強い意気込みを持っていた。
― 宮坂譲司の下で、刺激を受けながら仕事ができる。いつか顔を合わせる機会もあるはず。憧れの譲司さんに会った時、自信を持って振る舞えるように…。この一大プロジェクトは成功に導くんだ。
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