今日、私たちはあの街で Vol.4

上智の院まで出たのに、就活は惨敗。不本意な会社に内定し、働く前から転職を考え始め…

― えっ?お姉さんって、わたし?

突然の声かけに瑞稀が驚いていると、女性がこちらへ無邪気な笑顔を向けた。

目が合うと、瑞稀の訝しげな表情に気づいた彼女が声のトーンを上げる。

「突然ごめんね。『インド』って書いてあるから、つい話しかけたくなって」

「あ。はい、ずっと行ってみたくて…」

「そうなの!?インドいいよね。街から街への移動に鉄道で10時間かかったり、街中に牛がいっぱいで道を通れなかったり…それでも魅力に溢れてて」

海外では他人に話しかけられることはよくあるが、日本ではめずらしい。

しかし瑞稀は、この女性と話してみたいと感じていた。

不思議な出会いを楽しみたい。それに、彼女から元気をもらえる気がする──そう思った。


「インド、楽しいんですね!ああ、行きたいな。でも、実は…」

瑞稀は彼女に、今の状況を簡単に話した。

国際問題について学びながら海外に何度も足を運び、国際的な課題にアプローチできる仕事に就きたいと考えていたこと。

外交官になれば希望が叶うと思い、国家公務員総合職試験に臨んだこと。

結果として内定には至らず──今も夢を捨てきれずにいること。

すると、話を聞いている女性の顔が笑顔になっていく。

この話でなぜ笑顔になるのか、瑞稀は不思議に思いながらも一通り話を終えた。

「なるほど。でも、迷う必要はないんじゃない?」

「え?」

「だって、試験は3月中旬だよね。終わったら翌日からインドへ行きなよ。合格発表までしばらく時間はあるはず」

「でも、2次試験の対策もしないと。それに、4月から一般企業で働く予定で…」

― やることだらけだ。のん気に海外旅行へ行っている状況じゃない、よね。

瑞稀は心のどこかで、インド行きを諦めるきっかけを探していた。しかし、女性の反応はシンプルだった。

「そっか。じゃあ、4月には帰国しないとね!勉強はもう、いいじゃない。たった1、2週間で何も変わらないよ」

「それは…」

「今行きなよ。行きたいって感じている時は、自分にその経験が必要なタイミングだよ」

― 彼女の言う通りかもしれない。でも、本当にいいのかな。

逡巡している瑞稀を前に、女性は先ほどから見せていた笑顔を弾けさせ、イタズラっぽく言った。

「あのね、私、実は外務省で働いているの」

「えっ?外交官なんですか?」

「ううん、一般職。そう、一般職っていう道もあるのよ。総合職にこだわらなくてもいいじゃない」

― 一般職…。

瑞稀は今まで無意識に自分をエリートだと自負していたのか、総合職として第一線で働くことしか頭になかった。

国家の外交政策の中枢を担い、世界を舞台に官僚として圧倒的なスピードで昇進する総合職。

対して、彼らの傍らで証明書の発行や会計業務などの事務作業を担う一般職は、あくまで“サポート役”というイメージだった。

しかし、化粧品会社への入社が現実味を帯びた今日。喜びよりも挫折を感じている自分は、働き方や肩書よりも、夢の実現を望んでいるのだと気がつく。

― 国際的な課題解決に少しでも貢献したい。それが私の夢だ。

「そうですよね。あの…えっと」

「あ、ごめん。名乗ってなかった、さくらです」

「さくらさん…は、どうして外務省の一般職員になったんですか?」

「私も一般企業で働いていたんだけど、結婚とか子育てとか色々あって。歯車が狂い始めた時に、全部リセットしたの。それから、幼い頃から外国が好きだったことを思い出して、勉強して、就職した」

「そんなケースもあるんですね」

「うん。数年かかったけど…その時にやりたいことをやってきた結果だから、後悔はしてない。それにだからこそ、今幸せなの」

「その時にやりたいこと、か…」

やりたいことがありすぎて、瑞稀は頭を抱えた。

そんな瑞稀の様子を見たさくらは、シンプルな問いを投げる。

「じゃあ、こう考えてみるのはどうかな。やりたいことのうち、今しかできないことは何?」


「今しかできないこと?」

「そう。例えば、自由に時間が使える今、インドに行く。帰国後はその会社で一度頑張ってみるのもいいし、外務省に気持ちがあるなら総合職試験に再挑戦しながら、一般職の可能性も模索する」

「ふふ。結局全部やるってことですね」

さくらの提案は、目が回りそうな盛りだくさんプランで思わず笑ってしまう。

― でも…できない理由をさがすより、できる方法を考える方がワクワクする。

「大丈夫よ。外務省は逃げないし、私みたいな例もある。それに、全部やってみて見える世界もあるかもよ」

話しすぎちゃってごめんね、と言い残してさくらは席を立った。

次第に遠くなっていく彼女の背中を見つめながら、瑞稀はこの5分間の会話を反芻する。

― 私のキャリアは…私の人生は、ここで決まったわけじゃない。これから自分で試行錯誤しながら描くんだ。

瑞稀はリュックからパソコンを取り出し、ニューデリー行き航空券を探し始めた。


▶前回:「息子は絶対インターに!」自身もインター出身の女が、挫折することになった“ある理由”

▶1話目はこちら:バレンタイン当日、彼と音信不通に。翌日に驚愕のLINEが届き…

▶Next:3月12日 火曜更新予定
単身赴任で港区の一等地に住む男に、思わぬ甘い誘惑。虎ノ門ヒルズでの出会いから、男を待ち受けていた新たな世界とは?

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この記事へのコメント

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No Name
先週の主人公と絡めてあってつまらないと感じてしまった。
それにいきなり声かけられた他人とこんなにいろいろ話すとか、ちょっと。
2024/03/05 05:2031返信1件
No Name
瑞稀もよく分からない人。上智大だから女性だから院卒だから....外務省の総合職は不利と言いながら、私は今まで無意識に自分はエリートと自負し総合職の第一線で働く事しか頭になかった?え。要するに、その傍らで事務作業してサポートする役はやりたくないって事でしょう? それで外資系とはいえ一旦化粧品会社に就職? カフェで声かけられた赤の他人に「今行きなよ」と強く促され ( 余計なお世話😂)インド旅行を決めたとか.....
2024/03/05 05:3727返信1件
No Name
外交官にこだわり過ぎ? 海外にアプローチできる仕事だけではなくて、海外で働くことも視野に入れてみたらいいと思うよ、ねぇ。
2024/03/05 05:2124返信3件
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