検索結果には、ずらりと由里香の名前を冠したWebページが並ぶ。
ヘルステック/フェムテック事業の、新進気鋭のスタートアップ。由里香がその経営者であることは、フルネームでの検索結果を見れば一目瞭然だ。
何度も取材を受けている経済メディアのプロフィールには、CEOになる以前のプロフィールも記載されている。
幼稚園から雙葉。大学は慶應SFC。在学中、学生ターゲットのリサーチ会社を起業するも、「就活を経験してみたい」と外資系投資銀行に新卒入社。
その後、やはり自分で事業をしたいという想いから起業…。
「はい、私の身元。普通に聞いてくれれば全部話すのに、どうしてコソコソこんなことするの?」
「あ、いや…ごめん。ほら。中にはさ、自分ではいいことしか言わない子もいるからさ…。
でもまさか、由里香ちゃんがこんなちゃんとした子だったなんて。これなら全然問題ないね!」
タカシは気まずそうな笑みを浮かべると、ごまかすように由里香の肩を抱き寄せようとする。
けれど由里香は微動だにしないまま、息つく暇もなくタカシの名前を検索しはじめた。
「えーと、タカシくんの名字なんだっけ?漢字は?ご実家の会社の名前はなんだっけ?」
「え?由里香ちゃん、なにやってるの?」
「え、だって、婚活では相手のことをしっかり調査しておくべきなんだよね?あれ…。でもタカシくんの名前は、なんのニュースにも、経済メディアにも出てこないね…。
確かにおうちの事業はすごいみたいだけど、タカシくん自身がすごいかどうかは、これじゃ分からないね…?」
さらに、執拗な検索を重ね、由里香はタカシのFacebookにたどり着く。すっかり放置されたタイムラインには、大学時代のインカレサークルの合宿で酔っ払うタカシの写真が、大量に放置されていた。
「わぁ〜。こういうのって、もし身辺調査したらすぐに明るみに出るんじゃない?羽目外しすぎな、おバカな3代目…ってさ」
何も言えないタカシに、由里香はニッコリと微笑みかける。
「やっぱり私たち、気が合うね。私もね、結婚するならモラルの高い男性がいいと思ってたの。
少なくともコソコソ女の子の財布を漁るような人とは、絶対に結婚したくないかな!」
◆
「で、それを捨て台詞にして早朝出社した、と」
「うん」
「なかなか出だしのいい婚活じゃないですか」
「…うん」
「すぐにでも結婚が決まっちゃいそうですね」
「……」
星野のちくちくとした呆れ声に、由里香はついにデスクに突っ伏して声を絞り上げた。
「分かってるよ。星野くんに言われなくても、私が気が強くて傲慢な女だってことは!ああ〜、こんなんじゃ私、いつ結婚できるんだろう…」
「別に、結婚しなくてもいいじゃないですか。女の幸せは結婚〜なんて時代でもないですし」
淡々とそう言い放つ星野の言葉に、由里香はバッと顔を上げる。
長い栗色の髪が揺れ、溢れそうな好奇心を閉じ込めた瞳がきらめいた。
「私はね、星野くんみたいな冷めた人間じゃないの。なんでも経験してみないと気が済まないし、女に生まれたからには“妻”だって“母親”だって経験してみたい。
完璧な人生を送るために、必ず、完璧なパートナーを見つけるのよ」
「俺のことを連れて前の会社を辞めた時もそうでしたけど…。由里香さんってほんと、傲慢ですよね」
「だから、自覚してるって!それに、外銀から引き抜いたのは私じゃなくて、星野くんが『由里香さんが起業するならついていく』って…」
さらなる反論をしようとした由里香だったが、星野は全く取り合わない様子で、オフィスの時計に目をやった。
「さ、雑談はここまで。始業時間です。婚活は業務時間外にどうぞ、社長」
朝の状況とは打って変わって何も言い返せなくなった由里香は、「はいはい、エンジニア兼、敏腕秘書の星野くん」とふてくされ気味につぶやく。
― なによ。今回は、たまたま失敗だっただけ!今まで目標はすべて叶えてきたし、パーフェクトな男を見つけて、結婚だって絶対にするんだから…!
ハーマンミラーのセイルチェアを一回転させて、由里香は決意を新たにするのだった。
▶他にも:「怪しい…他の女といるの?」LINEは盛り上がるのに、電話には一切出ない彼の“事情”
▶Next:10月31日 月曜更新予定
次に由里香が出会うのは、“情報通な男”。果たしてどんなクセあり男子なのか…?
この記事へのコメント
タカシはかなりやばい奴だけど、むしろタカシの婚活奮闘を読んでみたい!笑