SPECIAL TALK Vol.96

~人と競うのではなく自然と対峙したい。未知への探究心が山への挑戦を支えている~


スポーツで成果を残すも競技場の外へ飛び出す


金丸:平出さんはやはり山に囲まれたところのご出身でしょうか?

平出:そのとおりです。諏訪湖の近く、八ヶ岳のふもとの長野県富士見町で生まれました。標高1,000メートルくらいの山の中腹ですね。父が警察官だったので、子どもの頃は県内を転々としていました。

金丸:登山を始められたのは、ご両親の影響ですか?それとも山が近いという環境からでしょうか?

平出:父は山岳救助にもかかわっていたので、その影響はあると思います。ただ、登山を始めるのはだいぶ後のことで、子どもの頃は剣道をやっていました。

金丸:剣道はどんなきっかけで?

平出:家の近くに小学3年生から通える道場があって。僕にはふたつ上の兄がいるんですが、兄が小3で始めたときに一緒に通い始めました。

金丸:ん?そのとき平出さんはまだ小1なのでは?

平出:どうしてもやりたくて、親を説得し、道場の先生に直談判して受け入れてもらったんです。今思い返すと、ルールがある状況で兄に勝ちたかったんだろうなと思います。当時は兄とやりあったときに、言葉や体力で勝てないのがすごく悔しくて。

金丸:たしかに、家での兄弟喧嘩にはルールがありませんからね(笑)。しかし、小学1年生から、すごい行動力ですね。結局、お兄様には勝つことができたんですか?

平出:はい。小学生のうちに。

金丸:お見事です(笑)。

平出:剣道は中学3年生まで続けて、長野県で3位になりました。あと走るのが好きで、町のマラソン大会に参加したり。

金丸:活発ですね。その頃はまだ山に登ろうとは思わなかったんですか?

平出:アケビを採って食べたり、友達と秘密基地を作ったり、山は遊び場という感覚でした。普段から目に入る存在だけど、登ることに意義は見出していなかったです。目の前にいる相手を倒して一番になるとか、人より速くゴールするとか、人と競うことにモチベーションを感じていたので。

金丸:勉強はどうでした?

平出:数学は好きでしたね。競技スポーツみたいに、はっきり答えが出るのが性に合っていたんだと思います。その後は競歩にも打ち込んで、最終的には全国で10位になりました。

金丸:すごいですね!登山の前にもそれだけの実績を残されていたとは。

平出:ただ、大学2年生の頃、スポーツについて疑問というか、モヤモヤを抱えるようになりました。あの、金丸さんは田んぼの中を歩いたことはありますか?

金丸:ありますよ。泥に足を取られて、普通に歩くのもかなり難しいですよね。

平出:そうなんですよ。父は兼業農家でもあったので、祖父母と一緒に田んぼや畑をやっていました。あるとき、田植えの手伝いに来た僕が四苦八苦しているのを尻目に、父と年老いた祖父母が何でもないように田んぼの中を歩いていくのを見て、「あれ?」って。

金丸:ああ、それは分かります。特別鍛えているわけでもないのに。

平出:それで急に、自分がとてもちっぽけに思えてきたんですよ。これまで自分は守られた環境の中で人と競ってきただけなんじゃないかって。

金丸:ということは、田んぼでの経験が登山につながったんですか?

平出:そうです。「グラウンドの外に出てみよう」と。そう思ったとき、目の前に山があることに気づいて登ってみると、もっと先にも稜線が見えて、もっと多くの山が見えた。それが僕にとって山登りの始まりでした。

なかなか抜けない競争グセが未踏峰へと向かわせた


金丸:最初に登ったのは、やはり故郷の山ですか?

平出:はい。地元の八ヶ岳です。そこから見える北アルプスや南アルプスは、遠くの雲の上のような山に見えましたね。あそこに行けるような人間になりたい。そのためにはしっかりトレーニングして、登山経験を積まなきゃいけないし、人間としても強くならなきゃいけない、と思いました。

金丸:それから山の世界にどっぷり浸かることになるんですね。しかし面白いですね。いつも山を間近で見ていたのに、ちゃんと登ろうと思ったのは大学生になってからって。

平出:当たり前の光景過ぎたんでしょうね。スキーも同じじゃないですか。長野のスキー場で滑っている人は東京の人が多くて、地元の人はほとんどいない。

金丸:たしかに。でも、その身近な山から登山家としてのキャリアが始まった。海外に飛び出したのは、いつですか?

平出:冬山を1、2回経験した後、ヒマラヤの未踏峰に登りました。登山を始めて2年くらい経ったときに。

金丸:ええっ、いきなりヒマラヤ!?しかも未踏峰!?

平出:未踏峰ではあるんですけど、僕にとっては海外旅行の延長みたいな感じだったんですよ。先輩方のチームに加わって連れていってもらったので。

金丸:いやいや、連れていってもらうといったって、自分の足で登ったわけでしょう。

平出:しかも、その数ヶ月後には8,000メートル峰(標高8,000メートルを超える山)に登頂しました。

金丸:ちょっと待ってください、早過ぎて付いていけません(笑)。すごいペースですね。

平出:若さゆえだと思います。それに、8,000メートル峰って、世界でもヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に集中していて、14座しかありません。みんな登りたいから、世界中から人が集まってくる。だから、金丸さんが想像されているよりも環境が整っているんです。

金丸:そういえば、エベレストに登頂するツアーがあると聞いたことがあります。

平出:その8,000メートルの山もベースキャンプから山頂まで、現地のシェルパさんたちがロープを張ってくれていて、ある意味「登らされる」んですよね。それに、目の前に体格のいい外国人を見ると、僕は抜かそうとしてしまって。

金丸:競技スポーツをやっていた頃の名残が(笑)。

平出:人と競わないために登山をすると決めたのに、まだ競技者としての自分を引きずっていて。結局、当時の僕は人と向き合っているだけで、山と向き合っていなかったんです。「こういう山登りをしていても、何も強くなれないな」と反省しました。

金丸:だから、世界で誰も登ってない未踏の地に向かったんですね。

平出:そうです。人間として強くなるには、それがいいと考えました。まず大きな地図を作って、人が登った山をチェックして、人が歩いた道に線を引きました。すると誰も登ってない場所、歩いていない道が空白として見えてくる。それから、なぜそこが空白なのかを自分の目で確かめに行くという旅が始まりました。

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