2022.09.21
SPECIAL TALK Vol.96
自分で課題を見つければ、ポテンシャルを生かし切れる
金丸:その頃って、グーグルマップがまだない時代ですよね。
平出:そうですね。だから地図を片手に現地に赴き、自分の目で確認してまわりました。単に世界中の人が気づいてなくて誰も登ってないだけなのか、それとも地形的な問題で、登ることすらできないのか。
金丸:未踏峰や未踏ルートにこだわる登山家って、ほかにもいるんですか?
平出:世界でも少ないですよ。最年少で登るとか、最短時間で登るとかの方が注目されるので。未踏峰や未踏ルートの中でも「よく知られたもの」に挑戦する人はいますね。「ここに登ったらすごいよ」という情報は出回っていますから。
金丸:なるほど。でも、それは平出さんの挑戦とはちょっと違いますね。だって平出さんは自分で地図を作って、自分で挑戦する場所を決めるわけですから。
平出:おっしゃるとおりです。僕にとって、すでに情報が出ているものは未知の世界ではないんです。今ってインターネットにすべての情報があるように言われていますが、未踏峰や未踏ルートについては、どう登ればいいのかなんて書いてありません。だから、自分が想定した登り方やルートが合っているのか、その答え合わせをしながら登るのが楽しいんです。
金丸:平出さんが未踏峰に挑戦しようと決めたのは、若い頃でした。どんな分野でも型破りな若者はいますが、登山家はどうなんでしょう?
平出:「最近の若い子」という表現はよくないかもしれませんが、高いパフォーマンスを出せても、課題を見つけるのが苦手な人が多いですね。ポテンシャルを生かし切れていないように感じます。
金丸:みんな目の前に見えている、目指しやすい課題に行ってしまうんですね。
平出:僕は登山家として何よりも重要なのは、未知への探求心だと思っています。誰も気づいていない宝物が見つけられるかどうか。そこに価値を感じています。
金丸:お話を聞いていると、ビジネスの世界と似ていますね。「すでに見つかっている課題の解決を目指す」ことと、「誰も気づいていない課題を見つけてくる」ことには、ものすごく大きな差があります。
平出:僕はこれまでに「登山界のアカデミー賞」と呼ばれている「ピオレドール賞」を3回受賞しました。最初に受賞した年は、僕たちのほかに技術的に困難な挑戦を達成した2隊が選ばれていました。体力や技術では僕より優れた登山家がたくさんいますが、「あなたたちの探究心に対してこの賞を贈ります」と言われたのは、とてもうれしかったですね。
金丸:平出さんが大事にしていることが、ちゃんと認められての受賞だったんですね。
平出:スピード競争やリスクの高い挑戦だけが評価される土壌だと、登山家は命がいくつあっても足りません。僕たちのように、未知への探究心から出発した登山が評価されるということは、「むやみにリスクを高めなくてもチャンスはある」というメッセージになったのではないでしょうか。
金丸:先程から、平出さんは「僕たち」とおっしゃっていますが、登るときはひとりではないんですか?
平出:基本的にパートナーと組んで、ふたりで登ります。3人以上でももちろん登れますが、ロープが増えるし、テントも大きいものが必要になってしまうので、ふたりがちょうどいいんです。
金丸:私も起業したときは、ふたりでした。実は仲良しグループで起業して失敗したという例はよくあって、単に人数が多過ぎてもダメなんですよね。ちゃんと役割分担ができているふたり組こそ強い。
平出:登山においては、ふたりの意見が一致しないと先に進めません。どちらかが「これ以上はダメだ」と思ったら帰ります。ただ、双方がイケイケになってしまうと、今度は安全に帰れなくなる。いいパートナーと組むことで、片方にスイッチが入ったら、片方は冷静になる、というのが自然とできます。
金丸:それは面白い。極限に挑むからこそ、体力や技術だけではなく、相性の良さも必要だろうし、平出さんの言う「人間的な強さ」も求められる。
平出:最初にピオレドールを受賞したときは、谷口けいさんがパートナーでした。10年くらい一緒にあちこちの山に登りましたが、とても強い女性でしたね。
金丸:すみません、その言い方からすると、ひょっとしてその方は……。
平出:亡くなっています。2015年に北海道の山で事故に遭って。
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