2022.05.14
バッド・ダディ Vol.2翌日。
― あー、よかった。わかってもらえて…。
夜、雛子を車で家まで送った後、滝口は、ハンドルを操りながら、楽しかった土日のデートを思い返していた。
『ゼルコヴァ』で一杯飲み終えると、斜め向かいのロエベで雛子が欲しいというバッグを買い、その流れで、セリーヌで色違いのスウェットにおまけで靴も買った。
― プレゼントも弾んだし、雛子は機嫌よく帰ってくれたし。これならエレンを引き取ってもうまくいきそうだな。
予想外にいい方向に事が進んだことに、滝口自身、満足していた。
あと、気がかりなのはエレンの学校や身の回りの生活を整えることだ。
4月から学校の新学年が始まる。
とりあえず近所の公立の小学校に転校させるつもりだ。エレンは私立の中学校に行きたいと言っていたけれど、エレンと一緒に暮らすのは、エリがアメリカから帰ってくるまで間のこと。
エリ自身、娘と会えない生活に耐えられるはずがない。
― 1年の予定、とは言ってはいるが、もしかしたらもっと早く戻ってくるかもしれない。
滝口は安易に考えていた。
◆
3月末。
エリの出発に合わせ、エレンが東京に引っ越してきた。
それ以前から、小学校に転入するための手続きなどで何度かやってきており、4月からの生活をエレンもとても楽しみにしているように見えた。
「どう?似合う?」
近所の公立小学校には標準服と呼ばれる制服があり、エレンはそれをとても喜び、鏡の前でくるくると回ってポーズした。
エンブレムのついた紺色のブレザーにチェックのプリーツスカート。それに帽子。
「丸山敬太監修の制服なんて、さすがね。たしか銀座の区立小学校にはアルマーニがデザインっていうとこもあったよね?」
一緒についてきたエリが感心しながら言う。
「間に合ってよかったよ。広瀬の助言がなかったら、わからないことだらけだ」
滝口は言った。
広瀬というのは、滝口の会社の創業時からのメンバーで、2つ下の36歳。もともと富ヶ谷に実家があることから、結婚しても地元にこだわり、神山町に妻、息子と三人で暮らしている。
娘との同居を広瀬に相談したところ、エレンとの同居に必要なあれやこれやを妻と相談し、段取ってくれた。
「ここがエレンのお部屋ね。すてきー!」
向こうの部屋でエリとエレンがはしゃぐ声が聞こえる。
子ども部屋は知り合いの施工業者に頼み、急ピッチで改装した。壁は一面だけをグレーに塗り替え、家具はすべて白で統一。ベッドカバーや窓際のカーテンでパステルカラーを取り入れた。
1人がけのソファに使いやすいクローゼットと、女の子の部屋としては完璧だ。
「実は、あなたにエレンをお願いするのは最後の手段だったというか…。絶対にありえない選択だったんだけど」
エリがいつの間にか隣にきて、そっと滝口に言う。
「ありがとう。あんな別れかたをして、今まで娘に会わせてもこなかったのに、私のわがままを聞いてくれて」
元妻は、感極まった様子だった。
「アメリカなんて思い切ったね。子どもを置いてまで夢を追いたいなんて、なかなかできるもんじゃない。一体何がきっかけなの?」
滝口はふと聞いてみたかった疑問をエリに投げてみた。
すると、エリは言った。
「それは、なぜ妻以外の人を好きになったの?その理由は?って聞くのと同じこと。情熱や欲望に理由なんてないのよ」
そう言われると、滝口はその先、何も言うことはできなかった。
「わかったよ。応援しているから頑張って」
諦めたように言った。
「じゃあ、エレン。ママはもう行くね。パパの言うことをちゃんと聞いて元気で」
そういうとエリは足早に玄関へと向かった。2人に背を向けたまま靴を履き、ドアに手をかける。
「エレン、ごめんね」
最後に振り返り、そう言ったエリの瞳は潤んでいた。
滝口はこの時、彼女の言う「ごめんね」の意味を深く考えてはいなかった。
▶前回:浮気がバレて離婚した男。元妻から連絡があり、「養育費アップ」の話かと思ったら…
▶NEXT:5月21日 土曜更新予定
娘と2人きりの生活がスタートした滝口。仕事、恋愛はどうなる?
この記事で紹介したお店
カフェ&ダイニング ゼルコヴァ/ザ ストリングス 表参道
好意もあるのかもしれないけれど、贅沢させてくれるいい相手なんだろうな。
ありがちだけど、エリは、病気の治療でアメリカに行くのかな。だから1年…
これアッパー層意識? 雛子やたらに理解あったし、むしろパパ活感覚で付き合ってたのかと思えてしまう。
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