『ひでくん。いま家に帰りました。ひでくんは無事おうちについたかな?…って、もう彼女じゃないんだもん。そんなこと聞いちゃダメなんだよね。
ひでくんと付き合ってた3ヶ月間、私はとっても幸せだったよ。お仕事忙しかったのに、いつも優しくしてくれて本当にありがとう。きっと私、ひでくんの優しさにいつのまにか甘えちゃってたよね。
今日は、私のダメなところをはっきりと教えてくれてありがとう。どれだけひでくんに負担になってたのか、今になって反省してます。
ひでくんがイヤだったら、100日記念日も、毎日寝る前に通話したがるのももうやめる。それから…』
張り裂けそうな胸の痛みに任せて想いを綴っていた薫子は、そこまで打ち込んでから、はたと指先を止める。
「重い。重すぎる」
思わずそんな言葉が、自分自身の口からこぼれた。
びっしりと字と絵文字で埋め尽くされた白い入力ボックスが、スクロールに勢いが必要なほどとんでもない長さに伸びきっている。
「分かってる。こういうところがダメなんだよ、こんなの自分でもドン引きだよ〜〜!」
いつもそうだ。
相手を好きになればなるほど、不安になればなるほど、こうして一方的に想いを押し付けてしまう。
こんなLINEを送ろうが送るまいが、秀明の心は2度と手の届かないところへと遠ざかってしまっていることを、本当は分かっていた。
― お父さんとお母さんと同じようにしてるだけなのになぁ…。私が世間知らずだから、恋愛観もズレてるのかなぁ…。
冷静さをとりもどした薫子は、かたわらにスマホを放り出す。
そしてベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめてどっぷりと自己嫌悪感に浸った。
幼稚園からお嬢様女子校育ち。なじみの華道教室で不定期にアシスタントを務めるくらいで、きちんと働いたこともない26歳の箱入り娘。
両親に憧れるあまり「最愛の旦那様を支える」生活を夢見る薫子は、これまでの人生、華道や書道、着付けやピアノに料理など、時代遅れとしか言いようのない花嫁修行しかしてこなかった。
夢中になって努力してきたのは、恋だけ。
惚れやすいながらも一途な薫子は、これと決めた人をとことん愛しては尽くして…。
そして、「重い」と言われてしまう。
― このままじゃきっと、同じことの繰り返しになっちゃう。でも一体、どうしたらいいの…?
問題点が分かっていつつも、肝心の直し方が分からない。
薫子は、クロエのワンピースがしわくちゃになるのも気にせずに、足をジタバタさせる。
その時だった。
「薫子〜?」
ノックとともに、父の心配そうな声がドア越しに響く。
慌ててベッドから立ち上がった薫子は、ドレッサーの鏡で乱れた身なりをさっと確認したあと、ゆっくりとドアを開いた。
「はーい、なに?お父さん」
「ちょっといいかな?薫子に、ちょっとした提案があるんだけど…」
作り笑いを浮かべる薫子の前で父は、神妙な面持ちを浮かべた。
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愛が重すぎて、恋愛がうまくいかないお嬢様・薫子。父が持ちかけた提案とは
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この記事へのコメント
でもさすがに26歳で社会人経験ないのは微妙かも。
時間が有り余ってるから追いかけすぎちゃうのかも。
薫子ちゃんみたいな子がいいって男の人もいると思うけど、ドンピシャで出会うの難しいかな?
紹介かお見合いか。。。