―なんだかんだ、私も寂しいんだよね。
気の合う恵理とのおしゃべりは楽しく、愛らしい女の子に懐かれるのは悪い気はしない。
夏絵は社長の大島遼一や、婚約者であり同僚の相沢智樹にも、嬉々として恵理のことをよく話していた。イベントブースで息のあった仕事ぶりを笑われたほどだ。
人懐っこくて美人の恵理はもちろん男性陣からも大人気で、夏絵はそんな恵理と親しくなれたことを誇らしくさえ思っていた。
ー恵理ちゃん、大丈夫かな…。
会場の自社ブースに到着した夏絵は、複雑な心境を隠すためにいつも以上に気合いを入れて足を踏み入れる。
その時だった。体にドシンとした衝撃を受ける。
それは、飛びつかんばかりに急に抱きついてきた、恵理だった。
「え?!なに?どうしたの?」
驚いた夏絵が慌てて体を離そうとするも、恵理は夏絵にしがみついたままだ。
「夏絵さん、ありがとうございます!社長から聞きました。私が入社できるようにかけあってくれたって」
「え?」
夏絵は思わず、戸惑いの表情を浮かべる。
―私、大島さんにそんな話した?
たしかに世間話の流れで、”イベントコンパニオンもこのご時世、現場が減って大変みたいですね”といった話をした記憶はある。でも、だからと言ってうちの会社に入ってもらおうなんて話をした記憶はない。
「夏絵さんと一緒に仕事できるなんて嬉しい!」
そう言いながら体を離した恵理は、
「明日からよろしくおねがいします。先輩」
と言った。夏絵は、相槌を打ちながらもこの展開の訳がわからず、うまく返事をすることができない。そんな表情を見てか、恵理は不満そうに口を尖らせる。
「もう、夏絵さんも喜んでくれると思ったのに!」
「ごめんね。すごく嬉しい。でも、びっくりしちゃって」
「これで私たち、いよいよ親友ですね。夏絵さん」
恵理は、おもむろにスマホを取り出すと、画面を夏絵に見せる。
そこには、昨日撮った夏絵と恵理のツーショットの写真が、待ち受け画面として写し出されていた。
「…うん。よろしくね」
どうにか夏絵がそう答えた瞬間、恵理の瞳が何かを捉えた。
「あ!社長!」
社長の大島を見つけた恵理は、素早く夏絵から体を離すやいなや大島の元へと駆け寄り、満面の笑顔を浮かべる。
「精一杯頑張るので、よろしくおねがいします」
大島はニコニコしながら「期待してますよ」と答える。
そして、「あの、社長」と夏絵が問いかけるより早く、言葉を続けるのだった。
「人手不足だったし、恵理ちゃんは仕事もできそうだし、頼もしいよ。広岡夏絵が、教育係だ」
「わぁ!夏絵さんが?嬉しい!よろしくおねがいします。私がんばります!」
こうなってしまっては、真相を問いただす雰囲気ではもはやない。夏絵は、なすすべもなく頷いた。一生懸命笑顔を作る。
たしかに会社は人手不足で、求人も出していた。「もし良い人がいたら紹介して」と、社員同士でも声を掛け合っていたところだ。
それに、恵理とはとても気も合うし、一緒に過ごす時間は楽しい。
―でも、なんだろう。この違和感…。
こんなにも喜んでいる恵理を目の前にしながら違和感を感じてしまう自分は、我ながらひどいと思う。夏絵はそれを悟られないように、この展開は幸せなことだと、自分に言い聞かせた。
「よろしくね。恵理ちゃん」
「はい!」
恵理の笑顔を見て、ほっとする。やっぱり、かわいくて、人懐っこい恵理だ。
―私が社長に持ちかけたって話だけ、ちゃんと確認しよう。
そう思いながら、みんなそれぞれの仕事に就く。
しばらくしてブースに人がいなくなったとき、恵理が神妙な面持ちで夏絵に声をかけてきた。
「あの、気になることがあって。聞いても良いですか?社長のことです」
「どうしたの?」
何事かと思い夏絵は、恵理の顔を覗き込む。そして、恵理の言葉に耳を疑った。
「夏絵さんと社長って、どんな関係なんですか?言いづらかったら良いんですけど…」
「どんな関係って…」そう言って口をつぐむ。答えられない関係ではないはずなのに、なぜか、うまく言葉が出ない。
目の前でキラキラと輝く恵理の笑顔が、眩しい。
ー恵理ちゃんにだけは、絶対にバレたくない…。
夏絵はそう強く思うと、ゴクリと唾を飲み下した。
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入社してきた恵理は早速波乱を巻き起こす。
この記事へのコメント
なんだかこのクールの小説は似たような(しかも暗くなるような)話ばかりですね
報道ガールのような爽やかなお話を希望します
何もかも真似して最終的に婚約者
奪おうとする展開かな?