―わあ!あの商品、すっごく可愛い…!
「すみません。お食事前にあのお店、覗いてもいいですか?」
メイコは将人に一言断ってから、吸い寄せられるようにヴァレクストラの店内に入っていく。
衝動的に手に取ったのは、ブルーとグレーの中間のような、絶妙な色合いのバッグ。うっとり見とれていると、将人は嬉しそうな顔で言った。
「お、買ってやろうか?」
ニヤニヤとした将人の顔を見て、メイコは「しまった!」と思った。
―確かにこの状況じゃ、ねだっているようなものよね。
慌てて将人の目をまっすぐに見つめると、メイコは満足そうにほほえむ。
「いいえ違うの。先週出した新商品の追加生産が決まったら、その日にこれを買おうと思って」
◆
その後の食事会は、期待以上にビジネスの話題で盛り上がった。
―意外と、有益な会だったかも?
化粧室でシャネルのリップを塗り直しながら、メイコは満たされた気持ちでいたのだ。
しかし席に戻ると、状況は一変していた。
そこには「メイコちゃん。これ開けてみて?」と嬉しそうな笑みを浮かべた、将人の姿があったのだ。なんだかイヤな予感がする。メイコはビクビクしながら、イスの上に視線を移す。
…するとそこには、ヴァレクストラの紙袋が置かれていた。
「はい、プレゼント」
メイコは、自分がどんどん真顔になっていくのを感じる。
「…どうして?」
メイコの質問の意図に反して、将人は嬉しそうに笑った。
「メイコちゃん、可愛いのな。あんなふうに遠回しにおねだりしてくる控え目な女の子、俺好きだよ」
―ああ、台無しだ。大失敗。
どうして説明したのに、ねだったことになるのだろう?
メイコは深くため息をつくと、無言で紙袋を将人につき返したのだった。
◆
「…ってことがあったの!」
メイコは同棲している14歳年上の彼氏・小澤俊也の肩にもたれかかった。ソファで赤ワインを飲み直しながら、今夜のことを愚痴っているのだ。
交際5年目になる俊也には、唯一どんなことでも本音を話せる。
「バッグに罪はないけどさ…。でも、見るたびにその人の顔が出てくるのがイヤ!」
眉間にシワを寄せたメイコの頭に、俊也は大きな手のひらを乗せる。
「私はね、自分で買うから嬉しいの。でも男ってみんな、何かにつけてブランド物をプレゼントしてくるわ。人から下心で貰うブランド物の、どこに価値があるの?」
彼の腕に絡みついて、甘えるようにメイコが言うと「はい。もう寝るよ?これでワインおしまい」と言って俊也は席を立ち、キッチンへと歩いていく。
メイコはぼんやりとしながら、自分のために冷たい水を用意する、その年上の男の姿を見ていた。
▶他にも:職場で“女”を武器に仕事をしてきた27歳OL。入社5年目、女の身に起きたこととは…
▶ Next:9月22日 火曜更新予定
メイコは莉子を連れて、ジバンシイのブティックへ向かい…?
東京カレンダーが運営するレストラン予約サービス「グルカレ」でワンランク上の食体験を。
今、日本橋には話題のレストランの続々出店中。デートにおすすめのレストランはこちら!
日本橋デートにおすすめのレストラン
この記事へのコメント
かわないでちゃんのがしっくり
誰がどう見たっておねだりしてるとしか思えない。