東京 ブラン・ニュー・デイズ Vol.1

東京 ブラン・ニュー・デイズ:オンライン飲みで5年ぶりに元カレに再会した28歳女が、思わず彼にぶつけた本音

「サユリ、久しぶり!俺の声聞こえる?」

画面越しに少し照れながら手を振る彼の笑顔を見て、思わずサユリも笑顔で手を振り返す。

まるで昨日も会っていたかのように自然と会話が始まる。

インタビュー記事の話や仕事の話。

「軌道に乗るまではとにかく必死だったけどね。走り続けてなんとかここまで辿り着いたっていう感じだよ」

「…凄いね、伸也は。夢を本当に叶えたんだね」

「いや、勝負はこれからだよ。そろそろ上場も視野に入れたいと思ってるからね」

生き生きと楽しそうに語る伸也は、眩しく見えた。話し方や態度も随分と自信に満ち溢れていて5年前よりずっと大人の男になっている。

それに、学生時代は狭いワンルームに住んでいたのに、今の伸也の部屋は広々としていて高級そうな家具たちが彼の背後に映っている。

5年という歳月の長さを否応なしに感じてしまうサユリだった。

「あれ、サユリそのスピーカー。実家にいたときから持ってたやつ?」

ベッドサイドに置いてある『TANNOY』のautograph miniスピーカーが画面越しに見えたのか伸也が尋ねてくる。

「あ、そうそう。お気に入りだから引っ越しの時に持ってきたの」

『TANNOY』のスピーカーは、大学入学のお祝いに、クラシック好きの父がサユリにプレゼントしてくれた物だ。二子玉川の実家暮らしだったころ、伸也もよく遊びに来ていて一緒に音楽を聴いていたのだ。

「ねえ、サユリ。…そのスピーカーであの曲、かけてよ」

ーあの曲ー

大学時代、このスピーカーで2人でよく聴いていたあの曲。

お気に入りだった海外アーティストがリリースしたアルバム曲。あまりメジャーなシンガーではなかったからこそ、伸也もこの曲が好きだと聞いた時には運命的な何かを感じたものだ。

「最近、全然このスピーカ使ってなかったから使えるかな…」

そう言いながらも、伸也のリクエストに応える。

スピーカーから流れてきた音を聞いた瞬間に、なんだか鳥肌がたった。

体を包み込むような音の響きを、全身の細胞で吸収する。

「…」

伸也も聞き入っているのか、2人の間に沈黙が流れる。

それは温かな時間だった。

「サユリは、最近どうなの?仕事は順調?」

曲が終わった時、沈黙を破り伸也が真っ直ぐな瞳をこちらに向けて尋ねてくる。

「うん、仕事はやりがいがあるし、毎日充実してる。でもここ最近、おうち時間にも飽きてきちゃってつらくなってたとこだったの。それにプライベートもイマイチで…。でも、久しぶりに伸也と話せて元気でたよ。ありがとう」

音楽を聴いたせいか、驚くほど素直な気持ちを吐き出せた。

「伸也は、仕事は順調そうだけど。恋愛は?彼女とかいるの?」

「忙しいから、それどころじゃないけどね…」

ー嘘をつくとき、宙を見る癖変わってないね…。

イケメン若手起業家の伸也がモテないわけがない。自分でも何を期待していたのかわからないが、少々落胆した気持ちになる。

「じゃ、そろそろ…」

会話が途切れたところで、さよならを告げてみる。

ービデオ通話っていつも切るタイミングがわからないんだよね…。

そう思いながら画面を閉じた。

伸也が画面から消えた瞬間、ほんの少し寂しい気持ちになったが、いつもは静まりかえっている部屋に、今日は音楽が流れている。

音楽は不思議な力を持っている。

空間に彩りが生まれ、静まり返っていた部屋が生き返ったように感じた。

伸也にスピーカーの話をされるまで、この部屋にあることすら忘れていた。昔から音楽が大好きで、このスピーカーはなくてはならないモノだったはずなのに、最近はただの置物と化していた。

ー明日からまた音楽を聴こうかな…。

そう心の中でつぶやき、サユリは眠りについた。



何かが物足りない、ここ最近ずっとそう思っていたけど、足りなかったのは音楽だったのかもしれない。

翌朝から部屋にいるときは、スピーカーで音楽をかけるようにしてみた。

ただそれだけで、単調だった日常が色鮮やかになったような気がする。

5年後にまた伸也に会うことがあったら、自分のことを誇れる女性になっていたい。

そう決めたサユリの心はとても晴れやかだった。


【サユリの部屋にあったスピーカー】
TANNOY『autograph mini』
https://www.esoteric.jp/jp/product/autograph_mini_gr/top


▶Next:5月26日 火曜更新予定
「俺って調子に乗っていた?」初心に立ち返った時、サユリの元カレ伸也が手に入れたいと願った「モノ」とは?

東レデート詳細はこちら >

この記事へのコメント

Pencilコメントする
No Name
ちょっと嬉しいような、ちょっと切ないような、そんなストーリーだね☺️
2020/05/19 05:5299+返信3件
No Name
昔よく聞いてた音楽久しぶりに聞くと、一気にその頃にフラッシュバックして鳥肌が立つというのは共感できる。
音楽ってすごいなって思う。
2020/05/19 06:3292返信3件
No Name
おお〜、やっとコロナ禍でのラブストーリーですね
今までは2019年の……ばかりだった
2020/05/19 07:4869返信5件
もっと見る ( 43 件 )

【東京 ブラン・ニュー・デイズ】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo