「何それ。婚前契約書って…私のことが、信用できないって言うの?」
甘く、ロマンチックだったはずの空気が一瞬のうちに凍る。感動で打ち震えていたはずの絵麻の態度も一変。喜びではなく、怒りでわなわなと唇を震わせている。
「いや、信用できないとかそういう話じゃ…」
どうにかこの場を収めようと懸命にフォローを試みたが、もはや僕が何を言っても、絵麻は聞く耳を持ってくれない。
その後はまさに、地獄だった。
絵麻はもはや一言も話してくれず、カトラリーの音だけが響く中で食べるデザート…生きた心地がしないとはこのことだ。当然、まったく味がしなかった。
レストランを出た後も、絵麻は終始無言。
僕は「一緒に家に帰ろう」と声をかけたのだが、彼女は断固として同じタクシーに乗ろうとしない。
真っ赤な薔薇の花束を恨めしそうに眺めつつ、「プロポーズの返事、少し待ってください」と、絞り出すような声で僕に言った。
完全に失敗に終わったプロポーズ。その後、絵麻からはまるで音沙汰がない。
僕から連絡しようと思うものの、どう取り繕って良いかわからぬままに時間ばかりが過ぎ、気づけば10日が経ってしまった。
…そして、いよいよマズイと焦り始めた2週間後。ついに、絵麻のほうからLINEが届いたのだ。
“会って話したい。週末、家に行ってもいいかな?”
約束をした週末。
しばらくぶりに僕の部屋にやってきた絵麻は、どういうわけかスッキリとした表情をしている。
それがどういう意味を持つのか。彼女の気持ちがどちらの方向に振れたのか…僕はどぎまぎしながら彼女の出方を待った。
すると絵麻は、困惑する僕にそっと近づき、両手を差し出す。そしてぎゅっと手を握りしめると、にっこり笑ってこう言ったのだ。
「いいわ。婚前契約書、作りましょう」
−!?
思わぬ提案に、僕は自分の目と耳を疑う。
何かの間違いかと思い何度か瞬きをしてみたが、目の前の絵麻は変わらず微笑を湛えていた。
「い、いいのか?」
恐る恐る聞き返した僕に、彼女はコクコクと頷いてみせる。
...どうやら、幻ではないらしい。
一体、この2週間の間に、絵麻に何があったというのだろう...?
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たった2週間で、絵麻が態度を急変させた理由とは?
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