200億の女 Vol.9

「とろけるくらい、甘やかしてあげます」夫に不信感を持った妻に仕掛けられた、詐欺師からの甘い罠

ゲストに用意された男女別の控え室も、「アラビアの王の夜会」というお披露目パーティーのテーマに沿って、飾られている。

開宴よりも1時間前に到着した親太郎は、そこで身支度をととのえると、ウェルカムシャンパンを飲みながら、ぼんやりと悪友であるマサの軽い口調を思い出す。

「はじめてじゃない?親ちゃんがターゲットの携帯番号を手に入れてくれとか、会社に入り込んでくれとか…夫のことを調べてくれとか、俺に頼むの」

限定100名と決められたパーティーの招待状は、マサから奪った。俺から美人ちゃんたちとの出逢いの場を奪うなんて高くつくよ、としぶりながらも、マサは譲ってくれたあと、忠告しとくけど、と珍しく神妙な顔で言った。

「やたらと執着してない?あの令嬢に。いつももっとこう、残忍なくらいサラッとしてるじゃん、女に対して。神崎智さんが簡単に堕ちないから、そそられちゃってるわけ?ムキになってるようにも見えるし、らしくないっていうか…」

「執着してる?俺が?」

マサの言葉の意味が分からず、キョトンとした親太郎に、マサは苦笑いし、分かってないならいいよ、と言って愛車の鍵を渡してくれた。

シャンパンを一杯飲み終えた親太郎は、タバコを吸える場所をサービスの女性に尋ねた。ご案内しましょうか、と言った彼女の目に自分への好意が宿っていることを察知し、その申し出を断ると場所だけ聞いてゲストルームを出る。

普段は全く吸わないのに、勝負の時を前にすると、不思議と吸いたくなるのだ。

―今日で決める。

親太郎は、今夜こそ神崎智の心を奪うつもりでここに来た。そのために、ちゃんと…葉子にフラれてきたし、夫の裏切りを密告するような…らしくない手まで使ったのだから。

ふと、マサの言葉を思い出した。

―たしかに、らしくない手まで使ってるな。今回は。

テラスの喫煙所に人はいなかった。胸ポケットから取り出したタバコに火をつけると、何気なく階下を見た。

裏口になるのだろうか。ほとんど人気はないが、時折スタッフらしき人々の出入りが見え、親太郎はしばらくその様子を眺めていた。すると。

黒いパンツスーツに身を包んだ女性が、1人出てきた。神崎智だった。

神崎智は、あたりに誰もいないことを確認してから、大きな深呼吸を数回くりかえした。それから彼女は、自分の頬を両手で挟むとパンパンと二回叩いた。その様子が微笑ましくて、親太郎は、思わずテラスから身を乗り出した。

「神崎さん!」

突然の声に、智の体がビクッと震え、親太郎を見上げた。親太郎だと認識すると、驚いた様子で固まった彼女に、親太郎は胸ポケットから招待状を取り出し、ひらひらと見せる。そして、周囲に人気がないことを確認してから、智に聞こえる程度の声で叫んだ。

「あなたなら、きっとやり遂げられます。絶対に大丈夫です」

智は固まったまま親太郎を見上げている。親太郎はとびきりの笑顔を作って続けた。

「終わったら、祝杯をあげましょう。今夜は俺があなたを…とろけさせて、甘やかしてあげます」

言い終わると、頑張って、という意味の仕草で小さく拳を作って振って見せると親太郎は智に背を向けた。

智がどんな表情をして自分を見送っているのか、見ずとも分かる気がして…親太郎の口元には、自然と笑みが浮かんだ。



▶NEXT:8月25日 日曜更新予定
親太郎と智の、はじめての夜…そして、夫の大輝がとった意外な行動とは?

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