200億の女 Vol.5

「彼といると、自分がコントロールできない」。2人の女を翻弄する、男の巧みな話術とは

「ここに来てお茶を頼む人を初めてみました。でもここは、お茶も美味しいですよ。確かそれは、岩茶(がんちゃ)の大紅袍(だいこうほう)というもので、岩の上で育つらしくて。中国茶のロマネコンティって言われているらしいです」

だったよね、と店長に確認する彼の、ゆったりした口調に苛立ってしまう。私は、お茶には手をつけないまま本題に入った。

「どうして、私があなたを調べたと分かったのですか?」

「調べていない、と嘘はつかないのですね。潔さというのかな、そういうのも」

そう言うと、彼はシングルモルトのロックを一口、口に含んだ後こちらを見て笑った。

「昨日、葉子から聞きました。食事会の時に、あなたが僕から、コロンビアのロースクールを出た話を聞いていたと。で、僕の女性への接し方がフレンドリーなのは他意はないと諭してくれたんですよね?

彼女はあなたのことが大好きだから…僕たちの間で、あなたの話題はよく上がります」

その時の富田の顔や口調を思い出したのか、表情がさらに柔らかくなった。

「でも神崎さん。僕はあなたに、コロンビア大学を出たことを話していないですよね?僕は、基本的に聞かれない限り自分から学歴を言うことはないので、よく覚えているんです。

まあ、事務所のホームページには書いてありますし、あなたが部下の恋人の経歴を気にして検索したってこともあるでしょう。でも…検索して知ったとしたらそう言えば良いのに、あなたは葉子に、僕から聞いたと嘘をついた。なぜですか?」

質問をしたくせに、返事を待たずに彼は続けた。

「あなたが葉子に嘘をついただけなら、こんなに気にしなかったかもしれない。

でも違和感は、僕があなたにお会いした日から…もう一つあったんですよ。あなたと食事した後あたりから、事務所や裁判所の近くで、同じ男性を見かけるようになったんです。

彼は毎回印象を変えていましたが、僕は人につけられることに敏感なんです。昔、ストーカー被害を受けた経験があって、その時に尾行を見抜く方法を、警察の方から教えてもらいましたからね。

でも一体誰が、何のためにそんなことをしているのか、全く心当たりがなかったんです。最近は裁判で揉めた記憶もないですし。でも昨日、葉子と話して、あれ、って思っちゃって」

まるで、法廷に立たされているような気分になってしまうのは、彼の弁護士然としたその口調のせいだろうか。

「でね、あなたが僕に探偵をつけて尾行させたとしたら?という仮説を元に、考えてみたんです。そしたら、全部がしっくりいってしまった。

食事会の後、なんらかの理由であなたは探偵を雇い僕を調べさせた。その探偵が、ぼくの経歴の裏どりをして、あなたに報告した。それを…あなたが何故かうっかり葉子に喋ってしまい、葉子に追求されて嘘をついてごまかした。

そりゃあ、部下の恋人を勝手に調べたとは言いづらいですよね。でも分からないのは、なぜ僕を、探偵を使ってまで調べる必要があったのかということです。それを教えて欲しくて、今日はあなたを待ちぶせしたというわけです」

彼は仮説と言うが、もう完全に論破されている。ここまで見破られてしまえば、もう嘘も言い訳も無意味だろう。それに私のこの嘘がきっかけで、万が一にも富田と彼がこじれるようなことがあってはならない。

私は彼に気づかれぬよう、こっそりと呼吸を整えてから言った。

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