2019.07.13
女たちの選択~その後の人生~ Vol.4“輝くママ”の虚像
「もともとは、娘が1歳になるまで育休を取る予定でした。でも会社にも色々と事情があり、復職を早めて欲しいと連絡が来るようになって...」
だが麻里は、まだ首も座らない我が子をフルタイムで保育園に預ける気にはどうしてもなれない。
「私は会社の立場もあるし、保育園に入れれば安心だと思われるでしょうけど...、こればかりは母親のエゴと言うのか、私はただ娘と離れたくなかったんです」
妊娠中は子育てと仕事の両立を目指していたが、現実はそう簡単ではない。
実際に会社に復帰すれば、また以前と“同じ仕事”に忙殺される。
恐らくは保育園だけでは間に合わず、ベビーシッターなども雇いながら、なり振り構わず仕事をする自分の姿が麻里には容易に想像できた。
「同じような悩みを抱えるママ友は、わざと保育園に落ちるなんて裏技を使うと聞いたこともあります。でも私の住む地域は比較的0歳児の空きがあるし、何より“会社役員”という肩書きがあるので、それも難しくて...」
世間では“保育園落ちた”問題が深刻化する中、真逆の悩みを抱える母親もいることには驚きである。
「結局、会社に頼み込んで、どうしても必要なときは以前のようにリモートワークしたり、役員会議には出席することで6ヶ月まで引き延ばせました。でも最終的には、やはり認可保育園にもアッサリ受かってしまいました。
それに、実は夫も私の復職は早すぎると反対していて...。思った以上に娘が可愛いのか、“育休って少なくとも1年、長ければ2年くらい取れるんじゃないの?”と、あまり良い顔されないんです」
もともと麻里の夫は、彼女の仕事に理解を示し、誰よりも応援してくれる存在であった。
しかし今となっては、自身も代理店勤務で多忙であることから、母親まで娘と触れ合う時間が激減するのを快く思っていないという。
子どもが産まれると、それほど環境は一変するのだ。
「夫の言うことは間違ってはいないし、根本的には私も同じ意見です。でも、彼は有休1日すら取ることもなく順調に仕事を続けているので、どうしても不公平に思えますよね」
どれだけキャリアを積もうと、結局、子育ては女主体。麻里はそれを痛烈に実感している。
「私だって、娘がもう少し大きくなるまで、プレッシャーなく子育てに専念できたらどんなにいいかと思います。でも現実は、私は育休手当も貰えないので、長々と休む余裕もないし...」
育休手当とは“従業員”に支給されるもので、“役員=雇用主側”となった麻里には適用されないのだ。
「これまで身を粉にして頑張って働いて、苦労して子どもも授かって、その結果が仕事と家族との板挟みです。最近は、専業主婦の方が羨ましくて仕方ないですよ」
麻里は一度大きく溜息を吐き、娘の頬をそっと撫でた。
「新時代・令和の働くママを夢見てたのが馬鹿みたい。“女性が輝く社会”なんてよく聞きますが、子どもを産んで、仕事もバリバリ、家事も完璧...みたいな理想像掲げるのって、結局は、女を体良く働かせるための詭弁なんじゃないでしょうか」
すると、娘が薄っすらと目を開ける。反射的に、麻里はさも母親らしい優しい笑みを浮かべた。
「なので...今の仕事は辞めようかとも考えてます。会社に迷惑もかけたくないし...。もっと子育てと両立しやすい仕事を探すのも良いかなと思っています...」
そして、目を覚まし愚図り始めた娘を愛おしそうに抱きしめながら、彼女は最後にそう呟いた。
◆
その後、麻里は結局、内定した認可保育園を辞退したと連絡があった。
会社と話し合いの末、当面の間は認可外保育園に週3回娘を預けながら、その時間だけ働くというスタイルで折り合いがついたのだという。
それでも当初思い描いていた“輝くママ”とは程遠い現実に打ちのめされることは多いが、極めて理想に近い形で社会復帰ができたことには満足しているそうだ。
昨今、世間では子育ても仕事もすべて完璧にこなす“キラキラ輝く女性”が注目を浴びることが多い。
今回彼女の話を聞きながら、それらすべてをこなさない限り“輝けない”のならば、それは女性にとって、実にタフな風潮であると思わざるを得なかった。
▶NEXT:7月27日 土曜更新予定
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