プレッシャーと過酷な生活に耐えられなかった娘
幼稚園の帰りに大手塾に行き授業を受けた後、個人塾までタクシーで移動してまた授業を受けるという、塾のかけもちは当たり前。ママ友の中には、塾通いの移動ロスを少なくするために、塾の近くに引越しをする人までいたという。
「塾以外にも、実体験が重要だと言われたので、興味もない登山やキャンプをしたり、カブトムシを獲りに行ったり。毎日、受験のためのTO DOで追われていきました」
例えば、“受かるための絵”を描くために、上手に書けるまで強制的に何枚でも描かせる。ゾウを描けと言ったら、ただゾウを描くだけではだめ。耳と鼻の特徴まで掴んで表現しなくてはならない。
さらに塾からの宿題のほかに、問題集を目標1日50枚と先生に言われ、幼稚園から帰った後から寝るまで、遊ぶ暇もなく何十枚もプリントをやらせる。
そんなことを続けていた年長の夏休み、あるトラブルが発生したのだ。
これからお受験が本番だというときに、娘が突然「塾に行きたくない」と言い出した。
それは、毎日の過酷な勉強や親からのプレッシャーに限界を感じた娘からの、悲痛なSOSだった。
「見るに見かねた夫が一度塾や勉強を一切休ませろと言ってきたんです。私は、そもそもお義母さまに受験を勧められたのに、何を言い出すの!と主人と大ゲンカになりました。
1日3時間は勉強しないと追いつかない宿題の量なのに、しばらく休みってどういうことになるか。想像しただけで頭がクラクラしてきました」
それでも夫の一声で、無理やり塾を休み、北海道に旅行に行くことになった。北海道の牧場で動物と戯れ自然を満喫し、娘もとても楽しんだ。
今までは旅行といっても、すべてが受験のための旅行だったため、移動中もしりとりや交通ルールの勉強をしたりと休まる暇がなかったのだ。しかし、その旅行中は受験に関わることは一切しなかったという。
旅行も含め、勉強から一切離れて過ごした10日間。その間、娘の笑顔を見ながら、真美さんはようやく気がついた。こういう状況を作り出してしまったのは受験ではなく、自分なのだと。
「幼稚園で、私は肩身が狭い思いをしていました。夫の年収が高くないことはもちろん、他の家庭は代々有名私学出身ですというご家庭ばかり。うちのようなのは少数派でした。
どこかで、ママ友たちの間でマウントを取りたいという気持ちがあったのかもしれない…です。そして、うちのような家庭でも、“慶應義塾幼稚舎”に入れれば、と錯覚を起こしその思いを娘に託してしまったんです…」
その気持ちこそが、お受験という底なし沼に溺れる原因の一つだったのだ。
あの10日間の後、気持ちがリセットされたのか、娘も嫌がることなく再び受験勉強に取り組むようになった。
結局、500万以上というお金を投資した幼稚舎受験の結果は、不合格に終わった。しかし、第二志望の女子校には見事合格したそうだ。
「第一志望には受からなかったけれど、500万円が無駄だったとは全く思っていません。もちろん第二志望に合格できたからというのもありますが、私が自分のエゴに気付くことができて、家族が本来の絆を取り戻せた、高い勉強代。
慶應幼稚舎の目指す“きらりとひかる子”というのは、子供の個性を大事にしているという意味なのに、逆に娘の個性を無視して親のエゴだけで突き進んでしまいました」
そうきっぱり言い切る真美さんは、母親の顔をしていた。
今になって彼女が感じるのは、小学校受験が“親の受験”と言われる意味の重さ。まだ幼い子供の意思はあってないようなものなので、“親のエゴ受験”とも言えるのかもしれない、と語る。
親というものは、“子供の将来のため”という言葉のマジックでどこまででも投資してしまう生き物なのかもしれない。
そしてそれは“自分の虚栄心やエゴのため”と表裏一体でもあるということが、このインタビューを通して改めて感じたことだ。
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