妻・母親としてだけでは満足できない女たち
誕生日の夜から数日経った日中の昼間、見たこともない番号からの着信があった。
「宅配便かしら?」
なんの気無しに応答すると、電話の主は木下と名乗る。
「突然ごめんなさい。真由子ちゃん、覚えてる?私今ね、仕事でインテリア雑誌の副編集長をしているの」
おぼろげな記憶が戻ってきた。大学時代に何度か話したことのある友人・妙子だ。
自宅のインテリアを取材させてくれる人を探していた時に、共通の友人から私の名前が出たという。
たしかに我が家のリビングは、Minottiの家具を中心に、インテリアコーディネーターと相談して作り上げたお気に入りの空間だ。
ママ友たちにも常に褒められるが、雑誌に載せるようなたいそうなものではない。
そう謙遜しても、妙子は一向に引かなかった。
雑誌の編集をある程度任されている人ともなると、こうも人を乗せるのがうまいのか。
次第に私は、自分自身が雑誌に出るわけではないし、お気に入りの空間を見てもらえるなら…という気持ちになってきたのだ。
結局、「夫に確認してから」という条件付きで、やっとの事で電話を切ったのだった。
「ねぇ、だからね、いいかしら。おうちに雑誌の取材の方をお招きしても」
帰宅し、赤ワインを飲みながらくつろぐ夫の機嫌の良い時を見計らって声をかける。夫は数秒宙を仰いだように考え、すぐに承諾してくれた。
「うちの家具、金かけたもんなぁ。真由子がそれで満足するなら、俺の方は構わないよ」
そう言って、また視線を手元のスマホに戻す。だが、今夜はそれも気にならなかった。
私は嬉しくなり、早速「返事は何時でも構わないから早く貰いたい」と言っていた妙子に電話をかける。
「ええ、そうなの、構わないって…そんなことないわ。ええ、大丈夫。来週ね」
思わず弾んだ声が出てしまう。
ふと、部屋全体のインテリアを見直した。
掃除にはかなり気を使っているから、家はモデルルームのように整っている。これなら、雑誌の人が来ても大丈夫だろう。
ソファを点検していると、寝ころびながらスマホをいじる娘の横に、お菓子の食べこぼしが落ちているのが見える。
「小春、ここのソファにお菓子こぼさないように気をつけて」
すると小春は、さも面倒だ、といった表情になった。
「…雑誌の取材が来るからって浮かれてて、キモいんだけど。あとでちゃんと掃除するからいいでしょ」
スマホに夢中だと思っていたが、話を聞いていたのだろうか。だが、娘のあまりの言い草に、例えようもないほどに悲しくなった。
あれだけ手をかけて大切に育ててきたというのに、いつの間にか母親に対してこんな口の聞き方をするようになってしまった娘。
私はどこで、育て方を間違えたのだろうか。
そんな娘の発言を聞いても、聞いていないのか流している夫にも鬱憤が溜まってしまう。
…やっぱり私は、こんな状態のまま40歳になれない。
時刻を確認すると、まだ20:00である。そのとき、ある考えが頭をよぎった。
私は、先ほど通話を終えたばかりの妙子に、もう一度電話をかけたのだった。
▶NEXT:1月30日 水曜更新予定
雑誌の取材を受けたことがきっかけで広がっていく、真由子の世界。
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