無業の女王 Vol.6

「僕なら裏切らない」耳心地の良い言葉を並べ、現代女性の“駆け込み寺”を作った男の正体

34歳、国立大卒の美しき才女、高木帆希(たかぎ・ほまれ)

「家事手伝い」という名の「無業」で10年もの間、ぬくぬくと過ごしてきた帆希に、突如、降りかかった「父の死」。

再び「社会」と向き合わざるを得なくなった帆希は、年下の彼氏・牧野涼輔の家に転がりこもうとするも別れを告げられ…

二子玉川の兄夫婦の元へと転がり込むも失敗…

大学時代の友人・瑞樹に援助を求めるも、モラハラ夫との歪んだ夫婦生活を垣間見た帆希。マッチングアプリで出会った土井と真剣交際を考えるも、土井から酷い仕打ちを受けるのだった。


彼女に声をかけられたのは、『銀座・ルパン』だった。

銀座という煌びやかな街の裏路地にある老舗のバー。暗闇にうっすらと浮かんだ看板には、シルクハットをかぶった片眼鏡の男がこちらを睨みつけている。

古い映画で見たような昭和の風情が色濃く残るそのバーは、太宰治や坂口安吾、織田作之助といった文豪たちの愛した場所だ。

父もたまにフラリと立ち寄っていたようで、「アイデアに煮詰まったら太宰に相談しに行くんだ」と冗談を口にしていた。

土井との恐怖の一夜を過ごし、私は心身共に疲弊しきっていた。

大きな怒鳴り声、憎しみに満ちた歪んだ表情、投げつけられたお金…思い出すだけでも震えが止まらなかった。

帰る場所も行くあてもない…相談する人もいない私にとって、父に閃きを与えてくれていた『銀座・ルパン』が最後の望みだった…。



「よかったら一緒に飲みませんか?」

ひとり静かにカウンターの端で飲んでいた私に声をかけてきたのは、私と同じくらいか少し年下のショートカットが印象的な女性・真奈さんだ。

薄化粧でこざっぱりとした真奈さんは、大手出版社の週刊誌の記者だった。

差し出された名刺には、スキャンダルをこれでもかとすっぱ抜く、誰もが知っている雑誌の名前が書かれていた。

「面白そうなネタがあればどこにでも行くんですよね、私」

と、根っからのジャーナリストのようだった。

声をかけてきたのが、男性ならさすがの私も身構えていたのだが、真奈さんの話は面白く、何より明るかった。ここ最近、スッキリと心が晴れることがなかった私にとって、彼女との会話は現実を忘れさせてくれるものだったのだ。

「明日から北関東にあるNPO法人へ取材に行くんです」

真奈さんの口からその話題が出たのは、二人で飲みだしてから二時間ほど経った頃だった。

「女性にとっての駆け込み寺みたいで…自給自足しながら自然と共に生きるコンセプトで活動してるらしいんですよ」

―女性にとっての駆け込み寺…。

今の私にぴったりな言葉だった。今すぐにでも駆け込みたい。「働かずに生きる」為にも、まずは、心を意欲に満ちた状態に戻したかった。

「私も一緒に行きたいです」

父がこのバーで太宰から閃きを貰ったように、私も今は亡き昭和の文豪から閃きを貰ったような気分だった。

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