森脇慶子の「旬カレンダー」 Vol.7

ル マンジュ トゥー

Le Mange-Tout

夏の終わりに旨みを蓄えた品格漂う鹿肉の潤い

フレンチの古典を基板とした確かな技術力と時代の先端を意識したその料理は、常に新たな驚きと安心感のある美味しさを与えてくれる。この鹿肉のひと皿の赤ワインソースも、一見クラシックだが、バターなど油脂は使わず軽めに仕上げている

古来、日本では“もみじ”なる隠語で呼ばれ、密かに食されてきた鹿肉。だが、狩猟文化を背景に持つ欧米人にとっては、秋から冬へのごちそうのひとつ。10月中旬(日本では11月15日)から翌年2月中旬頃までの狩猟解禁期が、本来は“ジビエ”の旬と言われている。それが、害獣駆除により、狩猟期以外でも鹿が手に入るようになった昨今では、夏から秋にかけての鹿肉の美味しさに開眼する料理人が増えてきているようだ。谷昇シェフもまた、その先駆者のひとりだ。

「夏草を食べているこの時期の鹿は、肉の旨みそのものが強い。冬場の脂を蓄えた鹿に比べて鹿肉の本分である血の味が濃いですね」

確かに、深いワインレッドの光沢を放つ「鹿肉ロース肉のロースト」は、見るからにきめ細やか。肉の断面をうっすらと覆う肉汁の潤いが、火入れ加減の絶妙さを物語る。肉の周囲だけを縁取りしたかのようにスッと一本焦げ目をつけるだけのムラのない美しい焼き上がりこそが、谷シェフが料理人人生をかけて到達した理想の形なのだ。しっとりと柔らかな肉質から滲み出る澄んだコクと血の香り。シンプルでいて品格漂うひと皿だ。

●もりわきけいこ
美味の食べ歩きに日々邁進し、綿密な取材と豊富な経験に基づく記事で定評のあるフードライター。真の旬を伝えるべく、その時期とっておきの美味にありつける名店を紹介

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