2018.08.02
煮沸 Vol.1
「橋上さん、茹でガエルの話って知ってますか?」
飯島は続ける。
「・・・ユデガエル?」
「カエルをね、水を張った鍋に入れて、その鍋をゆっくり沸騰させるんですよ。すると、鍋の水は徐々に熱くなっていくものだから、カエルは死ぬまで鍋の中にいちゃうんです。人間ってね、急には壊れないんですよ、橋上さん。ゆっくり壊れるんです」
私は、社会人になって、特に30歳を過ぎてから大きく人格が変わった。地味なエンジニアが、あれよあれよで事業で成功し、一躍時代の寵児となったのだ。
持ち株の10%程度を売却したが、口座にはこれまでより3桁も多いキャッシュが入り込んできた。
買えないものはない。抱けない女もいない。
よくあるパターンだ。驕ったのだ。そして自分を下げられなくなった。だから、堕ちた。
だが飯島が言うに、どうやら私はとっくにおかしくなっていたらしい。
「どこがおかしいんだ?」
私は聞く。
「ゆっくり、考えてみてください。最後に、答え合わせしましょう」
立ち会いの刑務官に話が終わったことを目くばせで知らせ、私は再び自分の部屋へと戻る。
「あ、橋上さん」
振り向くと、笑顔の飯島が言った。
「あと一個。多くの人が、記憶=”事実”だと勘違いしてるんですよ。記憶はね、”認識”なんです。事実に解釈が加わって、はじめて記憶です。記憶の積み重ねが人生ですからね。誰でもいい人生だったって思えるように、うまくできてるんですよ」
壁の時計は16時40分。そろそろ入浴の時間だ。
『十分。幼少期から、十分、あなたは壊れはじめています』
頭の中で飯島のセリフを反芻しながら、不思議と違和感を感じない自分に、少しばかりの温もりを感じていた。
▶NEXT:第2話
開けてはならぬ記憶の扉が、いま動く。この男の記憶は、すべて都合良く歪曲された幻なのか?
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