煮沸 Vol.1

煮沸 ~幼少期編~:破滅した時代の寵児。あなたにわかるだろうか。彼はいつから狂っていたのか

ー 東京都港区、会社役員、橋上恵一容疑者(41)を業務上横領容疑で逮捕

自分の名前が載ったネットニュースを、六本木のレジデンス37階で他人事のように眺める。


仕事を懸命にこなし、家族を思い、夢を追いかけ、


そして私は破滅した。

ーいつから間違ってしまったんだろう…?

誰か、教えてほしい。私はいつから狂ったのかを。


収監も間近に迫ったころ、教育心理学者の飯島をマンションに呼んだ。

会社で産学連携をした際に知り合った大学の准教授だ。

この部屋の豪華なホームパーティーに参加した連中は、一切の連絡に反応をしなくなったが、彼は予想通りに来た。

学者は余計な心情が介在しないので楽だ。むしろ私など、よいケーススタディなのだろう。

“これからのたくさんの時間を使って、事件を起こすに至った、自分の人格を理解したい”

趣旨と報酬を告げると、汚れたシルバーフレームの眼鏡に手をあてて、彼は言った。

「では、人生の一番はじめから記憶を遡って、特に印象に残っている出来事を思いつくままに書いて、私に送ってください。一瞬のシーンでも構いません」

「それで?」

「分析をします」


◆記憶①:1982年12月25日 クリスマス


「メリークリスマス」

床から見上げる食卓の上で、父と母、そして兄の声だけが聞こえる。

「恵一は、隣にお布団敷いてあげるから」

病弱だった私は、楽しみにしていたクリスマスの前日に高熱を出した。

家族と一緒にクリスマスのお祝いができない悲しさで、私の頬を涙が伝う。

「大輔、ゲームウォッチはやめなさい」

厳格な父の声が床まで響く。

テーブルにはどんな食事が並んでいるんだろう?

少年ジャンプに載っていた、超人たちの楽し気なクリスマスパーティーと違い、我が家のクリスマスはいたって静かだ。

ー僕が風邪をひいちゃったからだ… だからみんな悲しくなってるんだ…

ごめんなさい、ごめんなさい。風邪をひいちゃってごめんなさい。

そう何度もつぶやきながら、とめどなく涙が溢れる。

母親が細かく割いたクリスマスチキンを枕元に置いてくれた。食べたいが、体がダルくて動かない。

5歳のクリスマス。床から見あげる、食卓のケンタッキーの赤い箱。

これが、私が覚えている人生で最初のカラフルな思い出だ。

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