可愛げのない女
愛子は、広告代理店で営業を担当している。担当クライアントは大手携帯電話キャリアで、近頃では花形部署のうちのひとつだ。チームメンバーの男たちに揉まれながら、愛子は日々やり甲斐を感じていた。
ある日、愛子は外で素早いランチを済ませ、会社の廊下を歩いていた。身長167cmの愛子がピンヒールを履いて歩くだけで、男たちが思わず怯んでしまうような堂々とした空気感が漂う。
オフィスに入ろうとしたそのとき、部屋の中から同僚の男たちの会話が聞こえてきた。
「知ってるか?あいつ、ついに結婚するらしいぞ」
「本当に?指輪してたか?」
「してなかったな。旦那も自分より年収高い女に宝石買う気になれないだろうなあ。会議で男を言い負かすみたいに、家でも旦那を尻にしいてるのが目に浮かぶよ。俺だったら、いくら美人でも、あんな可愛げのない奥さんは嫌だなあ」
そして男たちは大声で笑っている。
愛子はその日、沈んだ気分で帰宅した。玄関のドアを開けると、味噌汁の良い香りが家中に漂っている。
愛子は食事をしながら、知樹に尋ねた。
「ねえ、トモくんはさ、もっと私に、可愛い奥さんで居てほしいとか思わないの?」
知樹は箸を動かす手を止めて、驚いている。
「たとえば、仕事もセーブして、毎日おいしいご飯を作って待っててくれる、可愛い奥さんで居てほしいとか思わない?」
愛子がぼそぼそと言うと、知樹は笑い出した。
「愛子、カレーしか作れないじゃん。毎日、夕飯がカレーなのはちょっとなあ」
「そういうことじゃないんだってば…」
愛子は大きくため息をついたが、知樹は得意げな顔をする。
「俺、会社で同僚に自慢してるよ。俺の奥さんになる人は、美人な上に自立していて、ものすごくかっこいいんだって」
愛子は鼻の奥がつんとして、慌てて味噌汁を飲み込んだ。知樹は呑気な声で、なんだか無性に愛子のカレーが食べたくなった、と言って笑った。
◆
数日後、愛子が家に帰ると、珍しく知樹の姿が見えない。LINEを開いたら、今日は少し遅くなるという連絡が入っていた。
愛子は気合いを入れて立ち上がり、キッチンに向かった。
カレーを煮込んでいると、電話が鳴った。明日香からだ。
「もしもし。あの後考えたんだけどさ、婚約指輪の話、愛子が言いにくいなら私から知樹くんに話してあげようか?愛子も強がってるけど、本心ではハリーウィンストンが欲しいんでしょう?」
しかし愛子はきっぱり答えた。
「ううん。私、決めたの。ジュエリーは、独身最後のボーナス使って、自分で買う」
驚いて言葉を失っている明日香に、愛子は言った。
「私がトモくんから貰いたいのは、お金で買えるようなものじゃないもん」
電話を切って、カレーが出来上がった頃にようやく知樹が帰宅した。
「どうしたの。残業?」
愛子が尋ねると、知樹は言葉を濁している。そのとき、パンパンに膨れ上がった知樹のカバンが目に入った。何それ、と聞いても知樹は黙ったままだ。
カバンの中を覗き込むと、中には大量のエンゲージリングのカタログが入っている。
「あーあ…見つかっちゃった」
そう言って頭を掻く知樹の笑顔は、明日香に見せられた1.28カラットのダイヤモンドよりずっと眩しくて、温かかった。
▶Next:11月20日月曜更新予定
高級マンションより、愛!?超豪華な明日香の新居に招待される愛子。
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この記事へのコメント
主人公はまともだと思うけど、彼女の能力や容姿、経済力のレベルだからこそ「金より愛」と言える部分はあるのかな。そうだとしても、男性への寄生根性逞しい女性読者をあっと言わせてほしいです笑。