親友の婚約指輪
こうして、愛子と知樹は結婚をすることになった。世の女たちが夢見るような、片膝をついて指輪を差し出すプロポーズとは程遠いが、充分だった。
ところが親友の明日香は、それを聞いて口を尖らせた。
「えーーーっ、ありえない。夕飯のついでにプロポーズされたってこと?愛の告白は?婚約指輪、パカッ!てやつは?」
「いいのいいの。このくらいが、私とトモくんらしいでしょ」
愛子は笑って答えた。
今日は、大学時代の友人たちと『石頭楼』に集合している。胡麻油が香る石鍋を食べながら、友人の一人が羨ましそうにため息をついた。
「それにしても、愛子と明日香、ほぼ同時に結婚が決まるなんてねえ」
明日香の婚約相手は、36歳の医師である。現在は大学病院勤務だが、ゆくゆくは父親の病院の跡取りとなるそうだ。
明日香は両手を頬に当て、うっとりとした目で語る。
「プロポーズされた時は、感動して泣いちゃった。それに私の彼は、ちゃーんとパカッてやつ、やってくれたわよぉ」
その左手の薬指には目が眩むような大粒のダイヤが光り輝いている。女たちから一気に歓声があがった。
「ちょっと!それ、ハリーウィンストンのマイクロ・パヴェじゃない。ダイヤは1カラット!?」
「ううん、1.28カラット。結婚指輪もマイクロ・パヴェのバンドリングにしようと思うの。重ねづけ、夢だったんだぁ」
みんなで美術品を鑑賞するかのように明日香の指輪をさんざん眺め終えると、一同の視線は突然、愛子の左手に集中した。
「で、愛子の婚約指輪は?」
愛子は困ってしまった。会話の成り行きみたいな勢いで結婚を決めたのもあって、指輪の話はまだしていなかったのだ。
それに正直、婚約指輪というものにはそこまで執着がない。
「婚約指輪かぁ。正直、無くても構わないくらいかも」
愛子がそう言うと、明日香が哀れみの目で愛子を見つめる。
「まあ、中途半端な婚約指輪もらうくらいだったら、無い方がマシだもんね」
そういうつもりで言ったわけではないのだが、反論するのも面倒なので、適当に頷きながらふと考えた。
さすがに明日香ほど高価な物を選ばなかったとしても、婚約指輪はどれも決して安い買い物ではない。
これまであまり気に留めたことはなかったが、愛子の稼ぎは知樹の年収を優に超えている。そんな知樹に大金を使わせることはなんだか忍びない。
それに婚約指輪なんて身につける機会はそう頻繁にないだろうし、だったら新婚生活にかかる必要な出費に回した方がよっぽど賢い気がする。
しかし明日香は、腕組みをしながら愛子に言った。
「愛子はさ、昔から可愛げが足りないのよ。まるで愛子が一家の主みたいに働くんじゃなくて、もっと知樹くんをたててあげないとね。甘えた声でおねだりすればダイヤの一つや二つ、知樹くんだって買ってくれると思うなあ」
この記事へのコメント
主人公はまともだと思うけど、彼女の能力や容姿、経済力のレベルだからこそ「金より愛」と言える部分はあるのかな。そうだとしても、男性への寄生根性逞しい女性読者をあっと言わせてほしいです笑。