港区女子の向こう側 Vol.2
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  • 若い港区女子に、圧倒的に“出し抜かれた”感…。港区女子30歳の「卒業」への道とは

    「今日は何か、疲れたわねぇ…」

    ホームパーティーが終わりミカとタクシーに乗り込むと、ミカは第一声にそう言った。

    「私たちってこういう場所に慣れ過ぎちゃったのかしら」

    苦笑しながら、ミカは言う。直接的には言わないが、今日の里奈を見てそう思ったのだろう。

    健人の「女の子は何も持って来なくてもいい」という言葉は本心だったはずだ。香もミカも料理は得意だが、これまでの経験上、敢えてそういうことはしなかった。張り切って準備をしていくことで、必要以上に気遣わせてしまう場面がたくさんあったからだ。

    港区で第一線を張っている男たちは、女性に気を遣わせることを何より嫌がる。だからこそ敢えて、「招かれたからには、その場で楽しく笑っているのが私たちの役目」だと思っていた。

    しかしそれは、純一のような年上の男たちの場合であって、同い年くらいの男たちは、勝手が違うのかもしれない。

    「本当に、そうねぇ」

    香も若い女の甲斐甲斐しい様子に、大きな敗北感を抱いた。

    しばらくの沈黙のあと、ミカが真面目な顔でこう言った。

    「私、PR会社を立ち上げてみようと思うの。経理を見てくれる人も紹介してもらって、何とかできそうだから」

    「え…。いつの間に…!?」

    ミカはいつの間にか、1歩先に進んでいた。少し取り残された気分になりながらも、「頑張ってね」と言った。



    ミカがタクシーから先に降り、Instagramを開くと、そこには里奈の投稿があった。


    コメント欄には、「めっちゃ美味しかった」という将生からのコメントがついている。


    ―あの時は何も言っていなかったのに…。


    そのコメントを見て、香は胸が痛んだ。



    「ここで、止めてください」

    ワインを少し飲み過ぎてしまったのでミネラルウォーターを買おうと思い、近くのコンビニで降ろしてもらった。

    冷蔵ケースの前で物色していると、将生が飲んでいた青い缶のビールが目についた。

    ―ビールなんて、もう何年飲んでないだろう。

    お酒は大好きだが、1杯目はシャンパン、そのあとはワインが常だ。香は「〈香る〉エール」を手にとり、レジに向かった。

    家に帰り早速その美しい青い缶から、ビールを並々と注ぐ。


    しっかりとしたコクがありながら、想像以上にかろやかな飲み口だ。ビールの苦さが口に残る感じがちょっと苦手だったが、これはフルーティな味わいで飲みやすい。

    「あっ、美味しい……。こんなビールあったんだ。これならワインのように愉しめそう」

    今日あった色々なこと、里奈とのやり取りも一気に吹っ飛んでしまうようだった。

    純一がイタリアでオーダーした抜群に寝心地の良い黒い革張りのソファにどさりと寝転び、天井を見上げる。

    彼が与えてくれる過不足ないこの生活に、何の不満もない。それでも今日の里奈の様子を見ていると、心にうっすら影が落ちた。

    若い港区女子は、どんどん台頭してくる。30歳の自分は、今の生活を続けていて良いのだろうか。

    そんなことをぼんやりと考えていると、玄関から聞き慣れた声がした。

    「ただいま」

    香がソファで寝転んでいると、イタリアに出張に行っていた純一が帰って来た。

    「お帰り」

    香がにっこり微笑みかけると、純一は「お土産」と言ってワインバッグを差し出した。


    ―そう、私はまだこの生活を続けたいの。


    香は自分にそう言い聞かせ、そのワインバックを受け取った。

    ▶NEXT:2月7日水曜日更新
    若い港区女子の台頭を感じる香に、さらなる試練が…!?

    港区女子の向こう側

    蝶よ花よと男性からもてはやされ、煌びやかな生活を送る港区女子。

    その栄華は当然ながら、長続きしない。

    彼女たちもそのことを理解しており、適切なタイミングで次のステージへと巣立ってゆく。

    かつて港区女子だったことを露とも思わせぬ顔で、彼女たちは“一般的な”東京生活に溶け込んでいく。

    外資系ジュエリー企業の宣伝部に勤める、香(カオル)。かつて港区女子だった彼女も、今は何食わぬ顔で東京生活に溶け込んでいる。

    香は如何にして「港区女子の向こう側」へと辿り着いたのだろうか。

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