「今日は何か、疲れたわねぇ…」
ホームパーティーが終わりミカとタクシーに乗り込むと、ミカは第一声にそう言った。
「私たちってこういう場所に慣れ過ぎちゃったのかしら」
苦笑しながら、ミカは言う。直接的には言わないが、今日の里奈を見てそう思ったのだろう。
健人の「女の子は何も持って来なくてもいい」という言葉は本心だったはずだ。香もミカも料理は得意だが、これまでの経験上、敢えてそういうことはしなかった。張り切って準備をしていくことで、必要以上に気遣わせてしまう場面がたくさんあったからだ。
港区で第一線を張っている男たちは、女性に気を遣わせることを何より嫌がる。だからこそ敢えて、「招かれたからには、その場で楽しく笑っているのが私たちの役目」だと思っていた。
しかしそれは、純一のような年上の男たちの場合であって、同い年くらいの男たちは、勝手が違うのかもしれない。
「本当に、そうねぇ」
香も若い女の甲斐甲斐しい様子に、大きな敗北感を抱いた。
しばらくの沈黙のあと、ミカが真面目な顔でこう言った。
「私、PR会社を立ち上げてみようと思うの。経理を見てくれる人も紹介してもらって、何とかできそうだから」
「え…。いつの間に…!?」
ミカはいつの間にか、1歩先に進んでいた。少し取り残された気分になりながらも、「頑張ってね」と言った。
◆
ミカがタクシーから先に降り、Instagramを開くと、そこには里奈の投稿があった。
コメント欄には、「めっちゃ美味しかった」という将生からのコメントがついている。
―あの時は何も言っていなかったのに…。
そのコメントを見て、香は胸が痛んだ。
◆
「ここで、止めてください」
ワインを少し飲み過ぎてしまったのでミネラルウォーターを買おうと思い、近くのコンビニで降ろしてもらった。
冷蔵ケースの前で物色していると、将生が飲んでいた青い缶のビールが目についた。
―ビールなんて、もう何年飲んでないだろう。
お酒は大好きだが、1杯目はシャンパン、そのあとはワインが常だ。香は「〈香る〉エール」を手にとり、レジに向かった。
家に帰り早速その美しい青い缶から、ビールを並々と注ぐ。
しっかりとしたコクがありながら、想像以上にかろやかな飲み口だ。ビールの苦さが口に残る感じがちょっと苦手だったが、これはフルーティな味わいで飲みやすい。
「あっ、美味しい……。こんなビールあったんだ。これならワインのように愉しめそう」
今日あった色々なこと、里奈とのやり取りも一気に吹っ飛んでしまうようだった。
純一がイタリアでオーダーした抜群に寝心地の良い黒い革張りのソファにどさりと寝転び、天井を見上げる。
彼が与えてくれる過不足ないこの生活に、何の不満もない。それでも今日の里奈の様子を見ていると、心にうっすら影が落ちた。
若い港区女子は、どんどん台頭してくる。30歳の自分は、今の生活を続けていて良いのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、玄関から聞き慣れた声がした。
「ただいま」
香がソファで寝転んでいると、イタリアに出張に行っていた純一が帰って来た。
「お帰り」
香がにっこり微笑みかけると、純一は「お土産」と言ってワインバッグを差し出した。
―そう、私はまだこの生活を続けたいの。
香は自分にそう言い聞かせ、そのワインバックを受け取った。
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若い港区女子の台頭を感じる香に、さらなる試練が…!?