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日比谷線の女 Vol.12

日比谷線の女:音信不通も当たり前?! 霞ヶ関のキャリア官僚から感じた選民意識

ランチでよく行く、パスタが絶品の『ハングリータイガー』に、美味しい焼き鳥が楽しめる『鳥与志』とお気に入りのお店の他に、まだ行ったことはないが、いつか行ってみたいと思っている『京料理 と村』まで教えてくれた。

直樹の解説を聞きながら霞ヶ関へ向かっていると、彼のマンションの近くも通った。それは虎ノ門交差点から歩いて1分ほどで、文部科学省が一番近く、彼の勤める経産省のビルにもすぐだった。

虎ノ門交差点から霞ヶ関二丁目へ進んで行くと、土曜日夜の桜田通りは人も車もまばらで、まるでゴーストタウンのようだった。この通りには、各省庁のビルが点々と並んでいるが、歴史を感じさせる低層ビルも多く、空が広く感じられた。


街路樹が植えられ、ごちゃごちゃした電線はなく、ビルの間を埋めるように建つ細い雑居ビルや看板の類も一切ない。

直樹と並んで日比谷公園の横を歩いていると、帝国ホテルに住んでいた純一を思い出して、香織の心はざわついたが、彼はもちろんそんなことに気付くことなく言った。

「休日出勤ではエアコンがつかないから窓を開けるんだけど、野音からコンサートの音が聞こえてくることがあるんだよ。」

あの人も聞いたし、この人も聞いたよと、香織も知っているアーティストやバンドの名前をいくつか挙げた。

その日の別れ際、また食事に行こうと誘われ香織も乗り気だったが、やはり彼と連絡を取るのは難しく、音信不通になる期間が挟まり約束はまとまらなかった。

彼が忙しいのは十分わかった。仕事に情熱を持つ彼のことは尊敬もしていた。だが、彼と付き合っていける自信が全くなかった。

激務をこなす彼を優しく見守り、彼からの連絡をひたすら待ち続けることなんて自分にはできないと、今回の再会で改めて感じ、タイミングが違ってもやはり、恋愛に発展することはなかったと少しだけがっかりした。

霞ヶ関に住むことを選んだ彼は、恋愛なんて求めていなかったのかもしれない。勝手に選民意識を持っていると勘ぐってしまったが、彼は本当に、心から自分の仕事に誇りを持ち、熱中しているだけだったのかもしれない。

その後の彼が、どんなキャリアを積んでいるのか香織の知るところではないが、今でも野音から聞こえる音楽をBGMに仕事に励んでいる彼の姿が香織には容易に想像できた。

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日比谷線の女

過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。

そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。

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