リアル働きマン葉子!黒革の編集手帳 written by 内埜さくら Vol.15

リアル働きマン葉子!毎日13時間労働のさなか、想定外の妊娠……!

前回までのあらすじ

食雑誌である『月刊東京ウォーキング』の編集者・高嶋葉子(35)は、この道10年目の中堅、未婚、彼氏アリ。誠実で愛すべき 年下彼氏である橘 京太郎(28)は、年収320万円。

2人は槇本梨沙の悪意あるひと言で互いに意地を張り合うことになってしまい、連絡しないまま京太郎は父親の会社に入社をすることを決め、実家に赴く。そこで京太郎は、父親が葉子にしたすべてのことを知る。

ようやく葉子への愛を再確認し急いで葉子の元へ向かっているとき、京太郎は交通事故にあってしまう。

前回:リアル働きマン葉子!なぜアラフォーは簡単に幸せになれないの……?

 京太郎から最後に着信とLINEが来た土曜日、葉子はちょうど雑誌発売前の最終調整をしていて、気づくのが遅れた。色稿と呼ばれる、原稿と写真を流し込んだ最終稿を、取材したライターと校正担当者、そして掲載する店舗に送って最後のチェックをしてもらう作業に大わらわだったのだ。

 色稿を印刷会社に入稿すると二度と修正ができないため、チェックは入念に行われる。広報部を内包するレストランはメールのラリーのみでチェックをすませられるが、小規模な店舗にはいまだ、ファックスで確認してもらうのが恒例だった。

 ファックスだと写真がはっきりと見えない、文字がつぶれて読めないという理由から、写真はこれまでの雑誌の実績や取材時に渡した見本誌で信じてもらうにしても、原稿は編集者本人が電話口で読み上げて確認してもらうという、古典的で時間がかかる作業に手こずることも珍しくない。

 校了と呼ばれるこの一連の作業は通常、1日で終わらせなければならないが、2日間に及ぶこともまれにある。最新号の校了日は週末とあって夕方以降は各方面からの返事が遅く翌日にも持ち越され、飲食店のかきいれどきである土曜日に、謝罪を入れつつチェックしてもらったため、つねより時間がかかってしまっていた。

 おそらくあれは、夜9時をすぎていただろうか。やっとひと息ついたときに京太郎からの連絡に気づき折り返したが、「おかけになった電話は現在、電源が入っていないか……」というアナウンスが繰り返されるだけだった。LINEも既読にならないし、LINE電話にも出ない。アナウンスの内容で着信拒否ではないことは把握できたが、葉子には、なんとしてでも京太郎に連絡を取らねばならない事態が起こっていた。

 妊娠していたのだ。

 才島に惹かれかけた時期はあったが、身体の関係には至っていない。京太郎の子であることは明らかであった。

 今後の身の振り方をどうすべきか。京太郎とこうして離れ離れのままシングルマザーになる道は、葉子が描いた人生の設計図にはまったく書き込まれていない予想外のできごとでだからこそ、葉子は自分が目指す将来像にあらためて向き直った。

 一生働きマンを自認してきたが、愛する人と結婚し、子供がいる家庭を営む夢を捨てたくはない自分が、そこにいた。

 将来の自分が見えなくなるほど仕事に忙殺されながら心身ともに疲弊することがあっても、内心では仕事も結婚も出産も、いつかはこの手ですべてつかみ取りたい――。それが東京に住み、男たちと肩を並べて仕事をする女たちの本心と願望であり、葉子も例に漏れてはいなかった。

 特に編集というマスコミ関連の仕事は、出版社が集中している東京だからこそ、転職することもフリーランスとして独立することも、地方より比較的成立しやすい、特殊な職業でもある。その、「東京だからこそ」という環境が、葉子に、仕事も結婚も手に入れたいという夢の後押しをしている側面もあった。

 仕事も結婚も出産も全部、手に入れたいのであれば、現状から逃げている場合ではない。京太郎と一度は会い、才島と2人でタクシーから降りた経緯や妊娠のことを、ストレートに打ち明けるのが当然ではないか。

 そう気持ちを立て直して葉子は、京太郎に電話をした。しかし、依然として電話口からは、「おかけになった電話は現在、電源が……」というアナウンスが聞こえるだけであった。

 なにか、おかしい。京太郎の身になにかあったのではないか。女の第六感が、強い風に吹かれた大樹の葉がざわざわと音を立てるように、葉子の胸をかき乱す。同時に、あの女性の顔が浮かんだ。

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