リアル働きマン葉子!黒革の編集手帳 written by 内埜さくら Vol.14

リアル働きマン葉子!なぜアラフォーは簡単に幸せになれないの……?

前回までのあらすじ

食雑誌である『月刊東京ウォーキング』の編集者・高嶋葉子(35)は、この道10年目の中堅、未婚、彼氏アリ。誠実で愛すべき 年下彼氏である橘 京太郎(28)は、年収320万円。

京太郎の元恋人、槇本梨沙は、未練たらたらでふたりの仲を裂くため、京太郎に恋焦がれる職場の後輩である倉田紗耶香を懐柔。紗耶香が京太郎にキスしたことを知る。

そんななか、大学時代の友達が紹介してくれた、新進気鋭の若手実力派コンサルタントとして、テレビや経済誌などの常連になりつつある才島孝央から、「結婚前提の」交際を申し込まれ、葉子の心は揺れる。

そしてついに梨沙は、葉子に紗耶香の件を暴露し、葉子は京太郎に別れを告げる。

あとを追いかけた京太郎がみたものは、葉子と才島の仲睦まじい姿だった。

前回:リアル働きマン葉子!自宅で鉢合わせした本命彼氏とキープ男……

 葉子が自分の知らない男と親しげにタクシーから降りてくる姿を目撃して1週間経つが、京太郎は葉子と連絡を絶ったままだった。あの夜と翌日、葉子からは何度か着信があり、「話をしたい」とLINEも来たが、とてもではないが応じる気持ちになれなかった。

 いまの自分は年収320万の頼りない男かもしれない。だが葉子は、来年あたり親父の会社に入るかもしれないという、自分の言葉を信じて待っていてくれていたのではなかったのか。その未来を待つことさえできなくなるほど、自分は彼女に負担をかけてしまっていたのか。だから、ほかの男と保険としてつき合っていたのか。いや、保険にされたのは自分のほうだったのではないか――。具合が悪そうな葉子を後ろから抱きかかえた男の顔や雰囲気を思い出し、京太郎は自問自答を繰り返していた。

 葉子と一緒にいた男は、同性の自分から見てもいい男だった。おそらく自分より年上だと思うが、貫禄と余裕に満ちあふれている印象で、顔の造作も男前の部類に入る。

 果たして葉子は、あの男とどこまでの関係なのだろうか。もし、身体のつながりまであるとしたら――。抱き寄せるとすぐ京太郎のリズムに合わせるように身体を波立たせ、まるで自分と結合するために生まれてきたかのようなあの肉体を、葉子はあの男に明け渡してしまったのだろうか。相手の男の顔を見てしまったばかりに生じる妄想と嫉妬心に、京太郎はさいなまれる夜を送った。

 だが、そうした胸臆に占拠される日は、そう長くは続かなかった。

 勤める会社が経営悪化により早期退職者の募集を始め、一刻も早く進退を決めなければならない事態に引きずり込まれたのだ。

 社内の廊下ですれ違った紗耶香から、「橘さんはどうするんですか?」と聞かれたが、京太郎は父親の会社へ予定より早めに移ろうとしているプランは告げなかった。もはや葉子とは別れたも同然の仲で、紗耶香を冷たくあしらう必要はなかったが、父親に勘当される前のできごとが、京太郎を億劫にさせていた。

 あれは確か、まだ大学生のころだった。暇つぶしに父親の会社へ遊びに行った京太郎を見て、社内の女性たちが色めき立った。そして、自分に注がれるあまたの視線は、すべて自分自身を見ているのではなく、いつか背負うかもしれない、地位や資産を透かし見ているような気がしたものだった。

 紗耶香がそんなことで目の色を変えるような女性ではないとは思うが、京太郎はもう二度と、あの女性たちのような視線を浴びたくはない。可能性の芽は、ほんのわずかでもつぶしておきたかった。だから、紗耶香には内情を言わず、早期退職者募集を知ったその週末、京太郎は実家へと足を運んだ。

「おお、久しぶりだな、京太郎」

 二十畳ほどある和室で、父親は笑顔で京太郎を迎えた。品川区にある実家の一軒家は父親の和風趣味が色濃く反映されていて、家をぐるりと取り囲む廊下の向こうに広がる庭には、時計回りに四季折々の緑花が楽しめるような趣向が凝らされている。あえて京太郎と視線を合わせないようにしているかのように、その庭を見つめながら父親が聞いた。

「……なにかあったのか」

 さすが肉親だ。こちらが切り出す前に察している。視線をそらして問うたのも、言いづらいことを言おうとする息子への配慮であろう。

「実はいま勤めている会社の経営が思わしくないみたいで、早期退職者の募集を始めたんだ。困ったときばかり頼るようで申し訳ないんだけど、親父の会社に入る件、時期を早めてもらえないかな」

「お前も来年29歳になるし、時期としてはちょうどいいだろう。いつでも来なさい。それに、そろそろ結婚も考えないといかんしな。ところで京太郎、お前、彼女はいるのか?」

「……いないよ」

 たちまちのうちに父親の頬がゆるむ。
「そうか。あの年上の彼女とは別れたのか。次はもっと若いほうがいいんじゃないか。子供をたくさん産めるような……」

「親父!」

“年上”と“子供”というキーワードを聞いた瞬間、京太郎が父親をきつく凝視しながら声を荒げた。

「ひと言も言った覚えがないのに、なんで親父が俺に年上の彼女がいたことを知ってるんだよ! もしかして、彼女に会ったのか? 会ってなにか言ったのか!?」

「落ち着きなさい。私がなにもするわけがないじゃないか」

 なだめようとする父親の瞳が、言葉が真実ではないと語っている。それこそまた、肉親だからこそ見抜けてしまう嘘だった。

「もし親父がなにかしたなら、それは僕ら夫婦の責任だ」

 京太郎の声を聞きつけて部屋に入ってきた、兄の秀一郎が言った。久々に実家に戻る京太郎と会いたいと、兄も日を合わせて戻ってきていたのだった。

「親父が血のつながった人間に会社を継がせたい気持ちは解る。でも、僕の女房はまだ29歳ですよ。5年、子供ができなかったからといって、まだあきらめる年齢じゃない。それに、会社のために彼女と別れさせるなんて、時代錯誤もいいところじゃないですか」

「秀兄……」

 思わず幼いころの呼び名を使ってしまった京太郎に、秀一郎が微笑みながら言った。

「お兄ちゃんがなんとかするから、京太郎は好きに生きろ」

 でも葉子には別の男が……と言う京太郎に、「話し合ってみなくちゃ、なにがあったか本当のところは解らないだろう」と背中を押され、京太郎は実家を辞した。

 急がなければ――。京太郎は今までの自分の行いを激しく悔いた。

あの男から葉子を奪い返すほどの気概がなぜ、自分にはわかなかったのだろう。もし、彼女が心変わりしていたとしても、なぜ、自分をもう一度愛してもらえる努力をしなかったのか。なにをしていたんだ、自分は。

さきほどまでは葉子から来た連絡を無視しているという、自分が主導権を握った立場でいるつもりだったが、逆に葉子は、きっぱりと自分と縁を切るために連絡をしてきたかもしれないではないか。

葉子を完全に失うことへの恐怖に、京太郎は突然襲われた。

【リアル働きマン葉子!黒革の編集手帳 written by 内埜さくら】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ