リアル働きマン葉子!黒革の編集手帳 written by 内埜さくら Vol.8

リアル働きマン葉子!甲斐甲斐しく手料理を並べた先に、昨夜の女の痕跡が……

前回までのあらすじ

食雑誌である『月刊東京ウォーキング』の編集者・高嶋葉子(35)は、この道10年目の中堅、未婚、彼氏アリ。

年下彼氏である橘 京太郎(28)は、「誠実」が服を着て歩いているような男。会社の後輩である倉田紗耶香に押し切られるかたちではあったが、家に連れて帰ってきてしまった。

と、そこへ葉子が訪ねてくる。インターホンのチャイムが鳴り響くなか、紗耶香にキスをされてしまう

 翌朝。

紗耶香が洗面所で顔を洗う水音を聞きながら、京太郎はコーヒーを淹れていた。特に好きでも嫌いでもなかったが毎朝飲むようになったのは、葉子の影響だった。いまドリップしているのも、「朝、一緒に飲もう」と、葉子が買ってきてくれた品だ。

(昨日、チャイムを鳴らしたのが葉子だとしたら、ちゃんと帰れただろうか)

 コーヒー粉が湯を吸収し、放つ芳香を嗅ぎながらふと、葉子が心配になる。京太郎と葉子は合鍵を渡しあっていないからこそ昨夜、紗耶香を泊めても事なきを得ずにすんだが、夜中に独りで自宅に戻ったであろう恋人が、ただただ気がかりでならない。

「橘さん、昨日はごめんなさい……」

 キッチンに姿を現したノーメイクの紗耶香が、恥ずかしそうにうつむいたまま詫びる。その素顔と、会社で見慣れているメイクを施した顔には、世の男たちが失望するようなギャップがなかった。京太郎は感嘆する本音を露わにせず、紗耶香にコーヒーをすすめる。

 どのぐらい、黙り込んだまま2人はテーブルで向い合っていただろうか。口火を切ったのは紗耶香だった。

「私、橘さんのことだけはあきらめたくないんです。くじけないためになにか思い出がほしくて、だから、あの……嫌いにならないでください」

 昨夜の2人は、キス止まりの関係で終わった。紗耶香の唇が離れるのと、玄関チャイムが鳴りやむのを待ち、京太郎は静かに寝室を出たのだった。

 バッグを手に取り「ごちそうさまでした。私、失礼します」と、紗耶香が椅子から立ち上がり、そそくさと帰ろうとしたそのとき、玄関チャイムが鳴った。

もしかして、葉子!?

なにか急ぎの用事でもあるのだろうか。昨夜は「熟睡していた」と言い逃れられるが、葉子は京太郎がよほどのことがない限り外泊をしないことを知っている。午前中のいま、居留守を使うことはできない。休日のこの時間に同じ社の女性が訪ねてくることもありえず、自宅で紗耶香と2人でいるところを見られたら、どんな言い訳も成り立たない。

もはや待ったなしの状況に、京太郎は覚悟を決めた。

 思いきってインターフォン越しに相手を確かめると、宅急便の配達だった。昨夜からのめまぐるしさに、今日午前中に荷物が届くことを失念していたのだった。

荷物を受け取り玄関先で紗耶香を見送ってからひと息つくと、今度は電話が鳴った。葉子からだ。

「昨日は熟睡してた?」

やはり葉子だったかと、自分の判断が間違っていなかったことに安堵する。しかし、嘘をつくことが下手な京太郎は、どうしても歯切れが悪くなってしまう。

「どうしたの? なにかあった?」

「なにもないよ。それより昨日はごめん。気づかなくて」

「ううん。いいの、私こそ突然行ってごめんね。今日、会える?」

「ああ……もちろん」

 葉子が以前から行ってみたいと言っていた、目黒川沿いの『ザ ワーカーズ コーヒー』で17時に待ち合わせをして電話を切った。

 カフェに現れた京太郎をひと目見て、葉子は心なしか京太郎が憔悴しているような印象を受けた。私には言わないけれど、本当はなにかあったんじゃないのかしら。

だが葉子は、しつこく問いただすことはしない。女がいつでもやわらかく受け入れるスタンスを維持していれば、いつか男は打ち明けてくれると信じているからだ。それまでは、そっとしておいてあげたい。

「ねえ、外で食事するつもりだったけど、家飲みしようか。京太郎、疲れているみたいだから、今夜のおつまみは私が作る。お給料日前だし、一緒に節約しよう」

 葉子のはからいが京太郎にはありがたかった。確かに自分は疲れている。大切な人に隠し事をしたため、宅急便にまでひやりとさせられ、余計に気力を消耗した。自分より稼いでいる葉子が、「一緒に節約」と、自分を立ててくれるのも男としてうれしい。

“一生働きマン”と宣言しているわりに、意外と料理上手なところも京太郎は愛していた。

『東京月刊ウォーキング』はラグジュアリーなレストランをメインに紹介する雑誌だから、日夜さぞ贅沢な外食で舌を肥やしているかと思いきや、パソコンにかじりついてデスクワークに勤しむ日が多々あるため、昼間はコンビニで手軽にすませてばかりだということを、交際してから知った。自炊する理由を「健康維持のため」と言っていたが、その実、葉子は料理好きで味も抜群に旨い。

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