
~東京だけが感じさせる未来感は、今なお魅力を放ち続ける~
フランス北西部にて、大家族で愛されて育つ
金丸:早速ですが、お生まれはフランスのどちらですか?
ニコラ:北西部のブルターニュです。フランスの端で「地の果て」ともいわれるくらい、何もないところです。兄が4人、姉が2人いて、私は末っ子です。
金丸:7人きょうだいですか!?大家族ですね。
ニコラ:一番上の兄とは25歳も離れています。田舎によくある、ビッグハウスのビッグファミリーですね。父は食用缶詰工場などいくつかの会社を経営していました。
金丸:オーナー経営者ということは、リッチなファミリーだったんですか?
ニコラ:田舎では結構いい感じ、くらいですかね(笑)。父はいろいろと試すのが好きで、購入した土地にアフリカから輸入した木を植えて、森を作るようなこともしていました。いつも忙しくて、父とは日曜日に少し会えるくらいでしたね。
金丸:お母様もお仕事を?
ニコラ:母は自分でアートスクールをやっていて、町の子どもたちに絵だけでなく、人生哲学なども教えていました。家では厳しくて優しい人でした。
金丸:経営とアート。いい組み合わせのご両親ですね。
ニコラ:きょうだいの中には、建築家や映像ディレクターがいます。一番上の建築家の兄はふた回り上だから、父親代わりでしたね。
金丸:ニコラさんは空間デザインの仕事をされていますが、お兄さんの影響は大きかったんですか?
ニコラ:いや、兄は「建築はやめたほうがいい」って(笑)。「大変なビジネスだから、もっと違うこと、新しいことをやったほうがいい」と。
金丸:それは貴重なアドバイスですね。家族の仕事を見ながら「こういうところは面白そう」「こういうところはつらそう」と、いろいろ比べられる環境だったんですね。
ニコラ:「あれをやってみたら?」「これは面白いよ」というアドバイスもくれる。プロデューサーが家に何人もいるような感じですね。彼らがどんな仕事をしているのか、どんなふうに仕事と向き合っているのか、あるいはどんな学校に行くのかを見ていると、それだけで勉強になりました。
金丸:アートやデザインが身近な環境で育ったニコラさんが、「自分もデザインを学ぼう」と決めたのは、何がきっかけだったんですか?単に好きだったのか、それとも自分に才能があると思ったのか?
ニコラ:ひとつは、ものづくりが面白いと思ったからです。海の近くの町に住んでいたので、中学からウインドサーフィンを始めました。サーフボードを作れることを知って自作するようになり、周りの人たちから製作を頼まれるようになって。高校を卒業してパリのアートスクールに行くまでに、全部で100くらい作りましたね。
金丸:それはすごい。その頃から才能が開花していたんですね。
ニコラ:デザインを学びたいと思ったもうひとつの理由は、「想像力があれば新しい文化や世界を作れる」と感じたことです。後に映像ディレクターとしてルーカスフィルムで働くことになる兄が、スター・ウォーズを観に連れていってくれたんです。
金丸:確か1作目は、1978年の公開ですよね。
ニコラ:これまでにない未来感に衝撃を受けました。『2001年宇宙の旅』とか、名作SFはいくつかあります。でも、スター・ウォーズの世界観は、それまでのSFとは全然違いました。
金丸:いろいろな惑星があって、それぞれの星に文化があって、人間以外の生物もたくさん出てきますよね。
ニコラ:そう。アジアの文化のエッセンスが入っているような部分もあるけど、見たことのない建物や見たことのない服がたくさん。「これをゼロから作れるなんてすごい!」「ゼロから何でもできるじゃん」って思いましたね。
パリとロンドンの二都市。まったく異なる環境で学ぶ
金丸:それでアートスクールで学ぶために、芸術の都といわれるパリに行かれたんですね。パリでの生活は毎日が驚きの連続、みたいな感じですか?
ニコラ:それが、全然びっくりするようなことはありませんでした。
金丸:えっ!私は鹿児島で育ちましたが、初めて東京に行ったときは、刺激や誘惑の多さにおののきましたよ(笑)。
ニコラ:いや、パリはね、全然田舎なんですよ。確かに歴史があるし、いろいろなアートもある。でも、新しいものが次々に生まれるような感覚はなくて、「止まっている」と感じました。若いときって、やっぱり新しいものに触れて、刺激を受けたいじゃないですか。
金丸:そうか。パリの建物や街並みは美しいけど、昔からあの光景は変わらない。
ニコラ:だからロンドンのほうが刺激的でした。パリではインテリアデザインを、そのあとロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)でインダストリアルデザインを学びました。ロンドンもクラシックな街だけど、パリよりはインターナショナルだった。パリにいたときは、外国人に会うことも全然なかったし。
金丸:今から40年くらい前だから、そういう時代だったんでしょうね。
ニコラ:確かに日本もずいぶん外国人が増えましたね。今はもういろんな人種の人が歩いていても驚かない。ほんの10年前は私が街を歩くだけで、「あ、外国人だ」って、みんなにジロジロ見られました(笑)。
金丸:でも、当時からロンドンは国際都市だったと。
ニコラ:日本人も韓国人も中国人もインド人も、私が初めて会ったのはロンドンでした。カレーや中華料理を食べたのも、ロンドンが初めてです。
金丸:私は「デザイン」と聞くと、フランスやイタリアがパッと思い浮かぶので、ロンドンで学んだというのは意外でした。
ニコラ:RCAは世界で一番いい芸術学校だと思いますよ。同じ場所に、グラフィッグデザインや自動車、建築などいろいろな分野の人が集まるのが、とても良かった。
金丸:違う分野の人たちと交流できて、刺激を受けることもあるだろうし、コネクションも広がりそうですね。
ニコラ:本当にそう。だから最高の環境でしたね。ものづくりに対する姿勢も、イギリスとフランスでは違いました。フランスやイタリアでは、一人ひとりが考えて全部ひとりでやりたがる。一方、イギリスやアメリカのアングロ・サクソンの文化では、チームワークを重視します。ブレインストーミングで一緒に考える経験なんて、フランスでは一度もしたことがありません。
金丸:それもまた、ニコラさんにとっては面白かったわけですね。
ニコラ:いえ、どっちかというとストレスで(笑)。
金丸:嫌だったんだ(笑)。
ニコラ:付箋を壁いっぱいに貼って、「はい、また明日よろしく」で終わり。「ちょっと待って、何にも決めてないじゃない」って。
金丸:なるほど(笑)。誰かが「これがやりたい」と言ったら、「じゃあ、どうぞお好きに」となるのが、ヨーロッパ大陸の文化。大きな違いですね。
ニコラ:「これをやりたい」と決めたことをひとりでやるのは、クラフトマンシップです。フランスやイタリアは、このクラフトマンシップが強い。それは素晴らしいんだけど、ビジネスセンスはありません。
金丸:ばっさり切りますね(笑)。