SPECIAL TALK Vol.120

~日本の農業が続くための仕組みを作り、アップデートできるよう挑み続ける~


価格決定権を持つために作ったものは自分で売る


金丸:トマトの最初のお客様は誰だったんですか?どこに出荷されたのですか?

浅井:それが、庭の手入れをさせてもらっていたお宅が、スーパーの社長の家だったんですよ。

金丸:えっ、そんな偶然あります?

浅井:本当にたまたま。剪定に行く時に、母が試験栽培で作ってるミニトマトを持っていきなさいと。

金丸:おとなしかったお母様が動いたんですね(笑)。

浅井:「持ってきな、雄一郎」って。トマトを抱えて庭仕事に行き、社長が不在だったので置いて帰って。そしたら、数日後に社長がうちの事務所にわざわざ来てくださって、「おいしかったから、もっと作れ。借金してでも作れ。全部買うから」と。それで3,000万円の借金をして、栽培用の新しいハウスを建てました。

金丸:すごい!その社長さんは何者なんですか?

浅井:マルヤスという津市が拠点のスーパーの社長さんでした。全国展開しているCGCグループを立ち上げたメンバーのひとりでもいらっしゃいます。

金丸:では、単に販路ができただけでなく、地元の名士からお墨付きをもらったんですね。

浅井:その社長さんはすごく男気のある方で、「もっと作れ」という言葉に助けられました。そこからどんどん規模を拡大していったんですが、売上が1億円を超えるのに約5年かかってしまい。「やっぱり農業は、そう簡単には儲からない」ということが身に染みてわかりました。

金丸:さらっとおっしゃいましたけど、農業に限らず、売上1億円を超えられない経営者はいくらでもいますよ。

浅井:うちは多額の借金も抱えていたので、最初の5年はマイナスを0に戻した上での1億円突破という感じで。次の5年は売上1億から十数億に成長し、その後は気づいたら日本で一番ミニトマトを作るようになっていましたね。

金丸:天候に左右される露地栽培の作物ではなく、施設で生産できるミニトマトを選んでよかったですね。

浅井:ハウス栽培は、オペレーションとしてはほぼ工場に近いです。ハウスの設備投資をすると、翌年から売り上げが立って、だいたい30年ぐらい続けられます。

金丸:販路はどうやって開拓したのですか?

浅井:「農協を通じて」という発想は最初からなくて、自分でスーパーに飛び込み営業をかけていきました。価格決定権を持つためにも、中間流通を入れたくなかったので。

金丸:おっしゃるとおりです。日本の農家は「自分で値付けする」という感覚が希薄です。言われるままに安売りすることから抜け出さないといけません。

浅井:最初の10年は、小さくても強いバリューチェーンをとにかく自分で作る。そのためにも「自分で作ったものは自分で売る」ということを徹底していました。それに自分で売り込みに行くと、「もっとこういうトマトが欲しい」という声を直接もらえたのもよかったですね。

金丸:そういうトマトがまだ世の中にないのなら、自分たちで作ってしまえばいい。最初に紹介いただいた房付きやヘタのないトマトは、お客様の声を取り入れた結果、ということですか?

浅井:まさに。生産だけじゃなくて、川上の研究開発から農家自身がやらないとダメだということに気付いて、直近の5年は研究開発型の会社へと舵を切ったところです。

金丸:そのためには人材が必要ですよね。

浅井:今はまだ私たちのようなことに取り組んでいる事業者が少ないので、ありがたいことに、東京大学や京都大学から優秀な若者たちがたくさん来てくれています。

金丸:ちなみに、修士を持っている方は、いまどのくらいいらっしゃるんですか?

浅井:グループ全体で正社員が100名ほどいて、単体だとその3分の1くらい、そのうち修士は2割弱ですね。

金丸:素晴らしい。研究開発型に切り替えて5年で、それほどの比率というのは、将来に希望が持てます。「キツい」とか「儲からない」とかいうイメージがある限り、日本の農業が上向くことはありません。浅井さんにはそうした従来のイメージを覆してもらいたい。

浅井:オランダやアメリカだと、トマトを収穫する人の最低時給が、4,000円なんですよ。

金丸:生産性がまるで違いますからね。国会議員や農水省の官僚は以前、大勢でオランダ農業の現場を視察しています。なのに、それがほとんど生かされていません。当の本人たちは、「あれはパプリカやチューリップだからできること」と言うんだけど、それにしても危機感がなさすぎる。早い話、農業をビジネスとして捉えるあさい農園のような農業法人が、各都道府県に2〜3個でもできたら、それだけで日本の農業は大きく変わるはずです。

浅井:だから、私たちはまるで黒船かのように警戒されてもいますよ。でも、将来は地域の農業を担う存在になりたい。今までと同じかたちで、悲鳴を上げながら何とか農業を続けていこうとしたって、もう持続できないところまできていますから。

金丸:専門的な教育を受けた人が「この仕事が好きでたまらない」と楽しみながら、しかも見合った報酬で働けない限り、後継ぎも新規参入者も出てきません。このままだと日本の農業は衰退する一方です。

【SPECIAL TALK】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo