2024.05.21
SPECIAL TALK Vol.116
あえて複雑なつくりにすることで街の魅力が生まれる
金丸:森ビルに入社された方は、みんな一度は権利者と折衝するような経験をされるんですか?
辻:いや、人それぞれです。入社以来、経理一筋の人もいます。
金丸:辻さんと同期入社の方って、いまはどのくらい残っていらっしゃるんですか?
辻:同期25人のうち、15人くらいですかね。
金丸:そんなに多く!?IT業界でそんな割合の企業は聞いたことがありません。
辻:仕事は大変だけど面白いし、森ビルだからこそできることがあると感じているからでしょうね。私が働き始めた当時は、給料もすごく安かった。だから辞める人はすぐ辞めました。かく言う私も「このプロジェクトが終わったら辞めよう」と考えてしまうタチで(笑)。実は、表参道ヒルズのあとに辞めようかと。
金丸:そこで辻さんが辞めていたら、麻布台ヒルズはまた違ったものになっていたかもしれませんね(笑)。たしか、昔は麻布台も古い住宅街だったかと。
辻:高低差は大きいし、敷地も複雑だし、なかなか難しいエリアでした。動き出しこそ六本木ヒルズと同じ時期ですが、同時に動かすことは不可能なので、いったん止めていたという経緯もあります。再始動したのが2014年ですから、完成までちょうど10年くらいですね。
金丸:実際にプロジェクトが動いていた時期は短いとはいえ、計画の最初の段階では、35年かかるなんて予測できないじゃないですか。しかもその間に、世の中では大きな変化がありました。バブル景気とバブル崩壊、ITバブル、リーマン・ショック、東日本大震災、そして新型コロナウイルスの流行……。社会のニーズも懐具合も、人々の気持ちだって変わっていく中で、それに対応していかないといけない。そう考えると、大変なビジネスですよね。
辻:おっしゃるとおりです。単純に建築期間だけでも、麻布台ヒルズの規模だと4〜5年かかります。でも、その下敷きとなる計画はもっと前にできている。それが建物や街といった現実のものになるには、やっぱり10年くらいのタイムラグがあります。
金丸:その10年の間に、テクノロジーは劇的に進化しています。ですが麻布台ヒルズは、建物ひとつ取って見ても、他で見たことがないような新しさを感じます。
辻:それは計画の段階で、未来を予想しながら、ギリギリまでいろいろなものを取り入れていくからですね。着工後も新しいものが出てきたら、それに応じて計画を変更しながら取り込んでいます。
金丸:そんなことをすれば、より複雑に、より難しくなります。だけど、そこまでやるから、あんなに素晴らしい新しい街を生み出せるんですね。
辻:再開発は何かあるたびに完成が遅れます。だからヘタに手は入れたくない。でも私たちは、街という100年先、200年先まで残るものをつくるわけですから、変なものを残したくないんです。日々そのせめぎあいですね。
金丸:はやり廃りのサイクルが短いIT業界とは異なる哲学を感じます。
辻:麻布台ヒルズの再開発組合の理事長を務めてくださった方は、99歳でいまもお元気です。生まれた時からずっとここで暮らしてきた方たちの信頼を裏切るわけにはいかないので、絶対に妥協はできません。完璧を求めても完璧なものはできないけど、そこまで求めて、やっと普通のものを作り上げられる。「これくらいでいいじゃないか」という気持ちでは、普通のものすらできません。
金丸:それに、森ビルの手掛けた街って、「健康のために歩きなさい」みたいに強制されなくても、不思議と散歩が自然と楽しめるんですよ。
辻:歩くだけでも楽しいデザインにしていますから。「商業施設は地下にまとめて、1階から上は全部オフィス」みたいな建物ってよく見るんですが、プランニング自体は楽だけど、街の面白みには欠けるなと思っていて。
金丸:私は六本木ヒルズによく行くので、おっしゃっている意味がすごく分かります。実は最初のうちは、構造が複雑過ぎて「分かりにくいな」と文句を言っていました(笑)。でも、おかげで散歩してても飽きないんですよ。どこを歩いていてもお店が目に入るし、訪れるたびに変化を感じられる。
辻:たしかに「ここはオフィス」「ここは住宅」「ここはお店」と全部切り分けてつくることもできましたが、店舗もあえて全部路面店にし、街を回遊するデザインにしました。端から端まで行くには10分から15分かかるけど、その間をいろいろな方が往来して、緑地があってという方が、街として面白い。さまざまなものが複合しているのが街であり、都市の魅力の源泉だと思っています。
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