2024.05.14
今日、私たちはあの街で Vol.13◆
しかしそんな日々は、長くは続かなかった。ある日突然、アカリからのLINEが途絶えたのだ。
いつもと何ら変わらない、孝一からのレストランの提案。だがそのメッセージは、既読にもならなかった。
レストランが及第点以下だったのか?と思い『食べたいものはある?』と聞いてみたが、反応はない。
その後に送った、誕生日祝いや新年度の多忙を気遣うメッセージも虚しく、最後のデートから数ヶ月経った今、画面には緑色の吹き出しばかりが並んでいる。
― 俺は何を失敗したんだろう。もう、アカリの笑顔を見ることはできないのか…?
アカリが去り、色褪せた日常に引き戻された孝一がぼんやりとSNSを眺めていると、おすすめから思わぬ写真が目に入ってくる。
「アカリ…?」
『ついに新拠点、ドバイの地へ!ここまであっという間だったなぁ〜』
林立する超高層ビルを背景に、浜辺に立つ女性。それは確かにアカリだ。
連絡の取れなかった数ヶ月の間に、なんとアカリはドバイへ移住を決めていたのだった。
― どういうことだ?なんでアカリは、何の連絡も相談もしてくれなかったんだ?
気になった孝一は、食い入るようにしてキャプションを読み進める。
『ずっと夢だった、CA生活が始まります。大好きな東京の街を離れることに、後ろ髪を引かれる想いもありましたが…ある出来事が背中を押しました』
― ある出来事…?
そして、次の一文に孝一は衝撃を受けた。
『前職の旅行会社での勤務中に、たまたま当時好きだった人のハネムーンの予約記録を見つけてしまって…。何も知らなかったとはいえ、道から外れるようなことをしてしまっていたことに気づき、落ち込みました』
― これってまさか…俺と直子のカンクン旅行のことだろうか。
はっきりと誰とは書いていないし、直子との旅行はハネムーンではない。そもそもこんな偶然、そうそうあるわけはないのだ。
俺はうまくやっていた。バレるわけがない。孝一の頭は、そんな想いでいっぱいになる。
しかし、アカリが自分以外の男と親密にしている気配は一切なかった。
さらに言えば、恋人同士のカンクン旅行を直子がハネムーンとして予約した可能性だってありうる。だが…そんなことはわからない。
それだけ最近の孝一は、直子に無関心だったのだ。
アカリの言葉は、次のように続いていた。
『彼の面影をそこかしこに感じる東京の街から、離れたい。誰も私のことを知らない街で。自分のための人生を生きたい。
そういった決意と、幼い頃からのCAへの憧れ。そして、旅行・サービス業での経験が身を結びました。心機一転、がんばります!』
なぜアカリが一切の連絡を断ち、自分のもとを去ったのか。その真相はわからない。
しかし、アカリからの連絡が途絶えたタイミングと、その理由を考えてみればみるほど…。
この文面は、孝一のことを指していると考えるのが自然だった。
「…アカリ、幸せそうだな」
ドバイにいるアカリの弾けるような笑顔に孝一は、アカリの人生に自分は不要、と言い渡されたような気がした。
暗い気分を紛らわそうと、ウイスキーを取りに立ち上がる。
すると、落ち込んだ自分の気持ちが反映されているのだろうか。慣れ親しんだ自分の家が、寂しい印象を持っているようにふと感じた。
― そういえば、直子…この時間に帰ってないんだ。
孝一自身は夜に不在にすることが多かったものの、直子も家にいない今の状況は予想外だった。いつもの直子ならば、この時間は家で孝一の帰りを待ってくれている。
― 酒も控えていると言っていたのに、どこに出かけてるんだ…?
そう訝しがったのを見計らったように、孝一のスマホが着信を告げた。画面には、「直子」の名前が煌々と光っている。
「もしもし、直子。どこにいるの」
慌てて電話に出ると、聞こえてきたのは妙に明るい直子の声だった。なにか吹っ切れたような、サバサバとした声。
「あれ?孝一、今家なの?めずらしいね。てっきりまだ残業中かと…。本当は直接話したかったけど、全然会えないからせめて電話で」
「何…あらたまって」
孝一の背筋に、ヒヤリと嫌な予感が走る。
「あのね、カンクン旅行キャンセルした。あと新しい家も見つけたから。私、来月には引っ越すね」
「え、ちょっと…どういうこと」
「だって、もう私たち一緒にいる意味ないじゃない。同じ将来を見ることができない、物理的に時間を共にすることもない、向き合うこともできない」
「ごめん、待って。一度話そう」
「何度も話そうとしたよ、この6年間。十分待った。孝一はとっくにそうだったのかもしれないけど、私にももう孝一は必要ないってわかったから…別れよう」
あとは家で話そう、と言って、直子の電話は切れた。
直子との通話の画面が消えた今。スマホの画面には、たった今見ていたアカリの笑顔の写真が、再び浮かび上がるのだった。
目の前の誘惑…アカリとの逢瀬と引き換えに、長年自分を必要としてくれていた直子をも失った。
― 直子も、こんな笑顔を俺のいないところで見せているのかな。
思い起こせば、直子との初デートは東急プラザ銀座だった。まだオープンしたばかりの話題の場所へ、直子を誘ったのだ。
日本初上陸のショップや緑たっぷりの屋上庭園。銀座の新ランドマークを舞台に、膨らむ新たな恋への期待…。
一日中、孝一と直子は笑い合っていた。
しかし…直子はどんな顔で笑っていた?
直子の笑顔だけが、どうしても思い出せない。
― 俺はいつから、直子の笑顔を見ていないんだろう。
直子の帰りを待つ夜。孝一はただ、自分の浅はかさを悔やむのだった。
▶前回:「結婚はムリかも…」34歳女が、6年付き合った年収4,000万の外銀男との別れを決断したワケ
▶1話目はこちら:バレンタイン当日、彼と音信不通に。翌日に驚愕のLINEが届き…
▶Next:5月21日 火曜更新予定
「恋愛って怖い」トラウマを抱えたアカリが、表参道で意外な男性と二人きりになり…。
男性の年収があれば親子の差だろうが孫の差だろうがいけると思うのかな。
バカじゃない。
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