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翌朝。カーテン越しに朝日が昇っていく明るさを感じて、悠は目覚めた。
寝室はまだ、薄暗い。カーテンを開けようと起き上がったところで、隣にスヤスヤと寝ている麗奈の姿が目に入る。
― ああ、そうだ。昨夜は代官山でディナーをして、その後ここで映画を観て…。
回想しながら虚しさが滲んでくる。自分の心がヒヤリとしたのを取り繕うかのように、麗奈に毛布を掛け直し、悠はシャワールームへと向かった。
シャワーを浴びて身支度を整え、コーヒーを淹れていると麗奈が起きてくる。
「悠くん…おはよ」
「おはよう。シャワー良かったら使って。朝食用意しておくね」
そしてふたりは言葉少なに朝食を食べ、悠は麗奈を中目黒駅へ送って行った。
「悠くん、またね」
「うん。無事家に着いたら、連絡して。またね」
― こんな朝が、以前にもあったな。たしか6、7年前のことだ。
その頃はコロナの気配もなく、代官山の街には夜な夜な楽しそうな男女が行き交っていた。
共に夜を過ごした女性の名前は美緒。はっきりと覚えている。
悠が外国人の友人宅でホームパーティーを楽しんだ後、散歩がてら『Anjin』へ立ち寄ると、パーティーで目にした女性がいた。それが美緒だったのだ。
「あれ…さっき、パーティーにいましたよね?」
何冊も書籍をテーブルに載せてワクワクしていた美緒が、驚いた様子で顔を上げる。
「あ、…はい!一緒でしたね」
話を聞くと、美緒はフランスに縁があり、友人に声をかけられてパーティーに参加したらしい。
映画やデザインの話で盛り上がったふたりは「TSUTAYAに各々が一番好きな映画のDVDがあるか見に行こう」となった。
しかしいざ店内を歩き回ってみると、あれもいいこれもいいとおすすめし合う形となり、DVDはどんどん山積みになる。
「ねぇ、この中からどちらかが観ていない2本を選んで、今から一緒に観ようよ」
悠の誘いにうなずいた美緒が、まるで初めて夜更かしを許された子どものように楽しげだったことを覚えている。
― かわいい…。
美緒のことを好ましく思ったけれど、その夜、ふたりの間には何もなかった。
本当に、ただ映画を2本観ただけ。そして翌朝、ちょうど今朝と同じように美緒を駅まで送っていったのだった。
気楽にベッドを共にするよりもずっと、ただそばにいるだけの時間が愛おしい。
そんなふうに感じたのは、悠にとって初めてのことだった。
美緒ともっと一緒にいたい。
そう強く感じた悠は、DVDを返却に行くという口実で美緒を誘い、その後何度もT-SITEのTSUTAYAでレンタルと返却を繰り返ながら美緒との時間を過ごした。
けれど、その後の展開はあっさりとしていた。
フランス在住だった美緒が日本にいた理由は、仕事の出張だっただけ。3ヶ月の長期出張期間が終わると、美緒はパリへと舞い戻ってしまったのだ。
― あのまま彼女とずっと一緒にいられたら、どんな日々を送っていたんだろう。
正直に言って、女性に困ることはない。けれど、どれだけ好意を寄せられても、どうしても恋愛に熱量を注げない。
そのことには悠自身自覚があり、数少ない悩みでもあった。
じっくりと時を重ねることに幸せを感じることのできた美緒は、自分にとって奇跡的に相性の良い女性だったな、と今なお思う。
しかしそれは、麗奈のような女性の積極性を否定するものではない。
急ぎたくないのなら、自分自身が主導権を握ってペースを整えれば良かっただけの話だ。
先週、恋人と別れることを決めた咲に結婚について問われ、「毎日そばにいたいと思える人はいた」と言った。
昨日はアルノーと美玲の美しいパートナーシップに触れ、男女の関係性についても考えさせられた。
― 俺ももう一度、「毎日そばにいたいと思える人」に出会いたい。いや、…そんな関係性を自分の意思で築いていきたい。
麗奈と一夜を過ごし、少し残念な気持ちになってしまった今朝の自分、そしてこの数年間、女性に真っ当に向き合ってこなかった自分──。
悠はここ数日のうちに会った自分の気持ちにまっすぐな人たちを思い出し、恥ずかしいような不甲斐ないような心持ちがした。
すると、悠のスマホの着信音が静寂を破った。
着信は、麗奈からだ。
― まずは目の前の、素直に気持ちをぶつけてくれている女性に向き合おう。
じっくりと時を重ねることで、感じられる幸せがあるかもしれない。
美緒を失ってから気づいたあの幸せを、待ち続けるのではなく、自ら掴みにいくのだ。
これから麗奈と、どんな関係を築いていけるだろう。
淡い期待と緊張を胸に、悠は通話ボタンを押した。
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この記事へのコメント
最後まで読んだけどよく分からんかった。